※ ※ ※
結果として、さほど深刻な事態には陥らなかった。
意外にも晴喜がいろいろとうまく話をつけてくれたのと、殴られたほうの男どもが大事にしたくないと言ったのが大きかったらしい。……らしいというのは、恭一はそれを警察官から聞いたからだ。
何故暴行したのか、と聞かれても恭一は黙っていた。なんと説明すればいいのかわからなかったし、……説明しようと考えたくもなかった。
……顔見知りが絡まれてたんで殴りました。簡単に言えばこうなる。だが、その絡まれていた顔見知りというのは、女でも老人でもなんでもなく、たかだか一個上の大学の男の先輩なのだ。どう考えたって、自分の行動が常軌を逸していると恭一はわかっていた。
男どもの被害は、まあ、大したことはない…とは言いがたかった。アッパーを食らった男は見た目よりも軽傷ですんだようだが、頬を二発殴った男のほうはかなりひどかったらしい。
恭一が警察署を出た頃には、夜空に星がまたたいていた。
恭一の事情聴取が終わるまで、晴喜と先輩、由利が待っていてくれた。しかしそろって警察署を出ても、誰も何も話そうとしなかった。先輩は物言いたげな目でこちらを見ていた。由利は相変わらず暗い顔をしている。ひどく雰囲気が暗かった。自分の責任とはいえ、恭一も気分が悪かった。
ずきずきと、殴ったこぶしが痛む。手当てはしてもらったが、それでも包帯の下で鈍い痛みは続いていた。
警察署を出ると、そのすぐ近くにタクシーの停留所がある。そこに差し掛かったとき、晴喜が立ち止まった。
「……まあさ、相手も大事にしたくないってんで済んでよかったんじゃねえ?」
重い空気に耐えかねたのだろう、晴喜が努めて明るい口調で言う。
「済んだことは済んだことだし。まったく、恭一があんなキレ方するとは思わなかったよ。マジこえー」
「…………」
恭一は何か言おうとして、何を言えばいいのか分からなくなった。
だが、黙っていればそれだけまた居心地の悪い沈黙が続くので──恭一は、小さくうなだれて、ぽつんと詫びた。
「ごめん」
「何言ってんだ。あんだけキレるってことは、理由があったんだろ」
理由?
……一個上の先輩がからまれてたからキレましたという恥ずかしい理由しかない。
恥ずかしい──そうだ、あの男どもは、先輩に。だからだ。……でもこの理由は……言うべきじゃない。
恭一は心の中で、キモチワルイとつぶやいた。本当にキモチワルイ。自分が。
「……ま、もうこの話は終わりにしようぜ。やめやめ。なんか疲れてるし、解散だ解散」
晴喜は腕時計を覗き、「こんな時間かよ」と独り言を言った。なんだか、晴喜一人だけが空回りしているようだった。
「だいぶ遅いし、恭一、おまえ、小西送ってけよ」
「……え、何」
半分聞いていなかった。……ほかの事、たとえば、さっきから後頭部に突き刺さってくる眼鏡越しの視線が気になって。
晴喜は呆れたように頭を振った。
「だから、小西送ってけって言ってんの」
小西……言われて、恭一は由利を見た。由利は視線に気づいて、あいまいにうつむく。
「私、電車だから……。駅までそんな遠くないから、一人でだいじょうぶ」
「一人でだいじょうぶとかじゃねーよな、恭一。送ってけ」
由利は視線を合わせようとしない。ひたすらうつむいている。恭一の視線を避けているとしか思えなかった。
茶髪男たちを殴ったところを目の当たりにして、怖がっているのかもしれない。
そう思ったが、それを言いつくろおうとか否定しようという気持ちが湧いてこなかった。怖がるなら怖がっていればいい。そもそも、由利がこちらのことをどう思っているのかよくわかっていなかったのだ。今更、自分のイメージを守るために、どうこう口にするのは、ひどく馬鹿馬鹿しいことのように思えた。
それに。
由利を送ることになったら、その道中でまた気まずさや息苦しさを味わうことになるだろう。顔色を伺って、言葉を選んで……それを考えるだけで、げんなりする。今のこの精神状態で、自分にそこまでの気遣いができるとは思えない……。
何より、由利自身が望んでいなさそうなのに、そこを押しておせっかいを焼くべきなのか。
恭一はため息をついて、ゆるく頭を振った。いろいろなことが、どうでもよくなった。
「……なんか俺に送ってほしくなさそうだし、晴喜行けば」
「ハァ?」
晴喜の素っ頓狂な声に隠れて、由利がはっと息を呑んだ。真意を問うようにこちらを見ている。恭一はその視線に気づいたが、無視した。
「今日は本当ごめん。予定めちゃくちゃになって」
彼女の顔を見ずに、淡々と言う。感情もへったくれもない。ただ言った方がいいのだろうという義務感だけで続けた。
「また連絡する。今日は本当付き合わせただけになってごめん、お疲れ様」
「……あ……」
彼女は何かを言おうとして、明らかに言葉を飲み込んだ。なぜか助けを求めるように晴喜を見てから、視線を落す。
「ううん……峰岸君も、……お疲れ様……」
「じゃ、気をつけて帰って」
「……あ、うん……」
別れの挨拶をされて、帰らざるを得なくなったのだろう。彼女は気がかりそうな顔をしながら、駅に向かって歩き出した。その後を、何か言いたげな顔をした晴喜が追う。
……晴喜には、後で目一杯文句を聞かされそうだ。
残ったのは、恭一と先輩──順作だけになった。
居心地の悪い沈黙。
車のエンジン音が近づいては遠ざかる。ヘッドライトで明るくなってはまた暗くなる。
「……あ、その、」
順作が沈黙に耐えかねたように、口を開いた。
恭一は黙って、振り返った。さっきから、彼がこちらを見ていたのはわかっていた。
順作は視線を合わすことを避けたのか、あいまいによそを向いた。袈裟懸けにかけた肩掛け鞄の、肩紐を握り締めている。
……そんな他愛もない風情なのに、恭一は直視できなかった。どうしたらいいのかわからなかった。不快なのではなくて、本当に、……久しぶりに姿を目にしたせいで。
だから、恭一は彼の、薄汚れた黒のスニーカーを見つめた。意外にもスニーカーを履いているんだ、とどうでもいいことを思う。
「すまなかった」
順作のすまなそうな声。
恭一は、スニーカーから目を離して、先輩を見た。
「……なんで」つばが喉に絡んで、声がかすれた。「……なんで、アンタが謝るの」
「それは……」
順作は、分厚い眼鏡の縁をいじりながら、言いにくそうにした。
「君が、私を助けてくれたのではないかと、…思ったから」
「…………」
──それは勘違いだ。助けたつもりなどない。
そう言えればよかった。言いたかった。だが、実際には、自分の中に助けたいという気持ちしかなかったのは明らかにわかっていた。
あのとき。この先輩が、茶髪の男どもに囲まれておびえているように見えた。その様子を見るだけで、何をおいても許さないと思った。その上に、あいつら……あの男どもは、この人に、恥ずかしいことをしたというので。
「あ……、なんだか、私は駄目だな……。あの日、君に迷惑だといわれて、反省していた。私は言われないと、分からないんだ。それで、迷惑にならないように気をつけていた。でも、それが、結局」
あの夕暮れの、あの場面。恭一が一番思い出したくない、一番心に突き刺さっているあの場面。一番、彼に触れてほしくないあの過去。
恭一は、髪をかきあげて、小さく息をついた。何かほかの事をやって、自分を保っていたかった。
「本当に、すまなかった。峰岸恭一君。……こんなことになるとは、思ってなかった」
力なく、頭を垂れる順作。恭一は猛烈に、先輩の、そんな姿は見たくない、と思った。
どこかがキリキリ痛んで仕方ない。彼は……この先輩は、あの男たちにどれだけ嫌なことをされたのだろう。どれだけ耐えたのだろう。この先輩の、屈託ない笑い方を汚したのはどいつだ。
……自分だ、と恭一は思った。あの茶髪男たちと一緒で、自分もまた、あの夕暮れに、この先輩に向かって明らかひどい方法をとったのだ。
「じゃあ、私は帰るよ……。本当にすまなかった」
恭一は口を開いた。言葉が出てこない。何かを言わなければならない。ここで。
「……ご、めん」
口から出たのは、たった三文字だった。
それでも、精一杯だった。今までの、どの言葉より難しい、三文字。
「え……?」
順作が驚いた顔をする。それから遅れて、かすかに笑う。
「君が謝るようなことは、一つも」
「ごめん、って言ってんだろ」
「君が謝る必要は……」
「ごめんって言ってんだよ」
一度口にできれば、後は楽だ。恭一はやや早口で続けた。
「そんなつもりじゃなかった。でもどういえばいいかわからなかった。だから弾みで言った。あんたが変だからだ。だから、あれは本当には、そういう意味じゃなかったし。困るとか、確かに困るけど、アンタが嫌とか、そういう意味じゃないから。それでごめんって言ってんだよ、バカ」
「ええと……? す、すまない、何を言ってるのか……?」
順作が困惑している。しばらくして、ああ、と順作が合点の言った顔をした。
「それは、あの──、七限目の君が迷惑だと言ったあの」
「それ以外の何があるって言うんだよ。アンタ、バカじゃないの」
自分でも散々な物言いをしていると思う。これでは逆ギレだ。だが普通の態度をとっていたら、恥ずかしさで死ねる気がした。
順作は、はは、と少し笑った。苦笑に近い、気の弱そうな笑い方だった。
恭一は順作のその笑い方を見て、ほっとした。ほっとすると、肩から力が抜けた。……今まで、肩に力が入っていたことすら気がつかなかった。
「君に言われて、私なりに反省したんだ。私は距離のとりかたがとても下手なんだな。……それは、以前から、周りに指摘されてきた。でも、それを改善できずに繰り返しているのは、確かにバカなのだと思う」
「別にそういう意味で──」
「いや、だからだ。私はだいじょうぶだぞ? 改善すべき点がわかっている問題だ。おそらく、解決は不可能ではないはずだから──」
順作は、確かに照れて笑った。
「いや、でも、そう、そうだな。君がそう言ってくれて、私はうれしいな」
「…………」
正真正銘、恭一は自分の体のどこかで、何かが跳ねるのを聞いた。
ああ──やっぱり、自分はおかしい。本当におかしい。なんでこんなに?
恭一はどんな顔をすればいいのかわからなかったので、苦労して仏頂面を作った。
「それで?」
うまく不機嫌そうに装えた。こんなにうまく不機嫌を装えれば、きっとこの先輩はこちらの小さな動揺など気づかない。
「え、それで……?」
「それで、アンタにからんでたあの茶髪の男たち。……今までにも、なんかされてたんだろ」
「…………」
順作が気まずそうに沈黙する。恭一は、その沈黙にいろいろ思いを馳せて、腹立たしい気持ちになった。やっぱり、あの男たちは許しておけない。
「あのさ、……課題とか、レポート、させられてたってのは、聞いてた。あのとき、とられてたの、課題?」
「……その話は、話す必要性がないんじゃないかと思う」
順作から、はっきりとした拒絶が返って来た。思えば、こうやって、拒絶の意を示されるのは初めてだ。恭一は内心ひるんだが、頬の内側をきつく噛んで踏みとどまった。
「必要性とか何? 意味わかんないんだけど」
「君とは、直接的に関係が」
「これ知ってるだろ」
恭一は包帯を巻いた自分の右手を見せた。
「これでも関係とか必要性とかないって言うわけ」
順作から、言葉が返らない。
イライラして、更に言い募る。
「あいつら、なんか言ってたじゃん。何アレ。なんでアンタがいじめられてんの?」
「いじめだとかそんなことは」
「そうじゃん」
はっきりとした言葉が返ってこない。何とかして追及を避けようという、あからさまなあいまいさ。
恭一は腕を組んだ。自分の顔が険しくなっていくのをごまかせない。
「なあ、──恥ずかしいことって、何?」
ついに引っかかっていたことを言ってしまった。
びくりと順作の身体が震えた。さっと、頬に朱が走る。
その様子に、恭一は大いに動揺した。予想はしていた。していたが、本当にそうらしいという様子を見ると、平常心を保っていられなかった。
──あいつらは、とんでもないことをしやがった!
「……っ殺してやる」
「ち、違、」
順作はあわてて頭を振って否定した。この期に及んで、あいつらをかばうつもりなのか。
「何が違うんだよ。やられたんだろ。あのクソども、ぶっ殺してやる!」
「え、やられ……?」
「レイプされたんだろ!」
許さない。絶対に許さない。もっと殴ってやればよかった。顔の原型が分からなくなるぐらいに。
「え、ちょっと待っ……」
「あの三人全員でやったのか? 他にもいるのか? あいつら全員、同じ大学の奴らだろ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、待ってくれ」
真っ赤になって、制止の声を上げる。今にも元凶を探して突っ込んでいきそうな恭一の前で、両手を広げて立ちはだかる。
「なんだよ! なんで止めるんだよ!」
「か、勘違いだ、そっ、そういう、ことでは」
「アンタが勘違いでも、俺はよくないッ」
たとえ、勘違いだとしても、それで許しておけるようなことでは──
…………
……え?
……勘違い?
「だ──だから、そ、そういうことではないんだ、──み、峰岸恭一君。わ、私は、こう、見えてどこからどう見ても、生物学上も男だから、そういう、事実はなく──」
「え、……勘違い、って」
「……き、君がいう、いわゆる、その、そういう可能性は全くない」
順作は耳まで赤くして、手で顔を覆いながら言った。
「え、でも、……え?」
「…………」
真っ赤になっている順作を見る。だんだんと恭一は自分の言動がいかに見当違いなものだったのかわかってきた。
つまり、もしかして、勘違い。
一呼吸遅れて、強烈な羞恥がこみ上げてきた。
「え、なん、…何で違うって最初に言わないんだよ!」
恭一は頭を抱えた。とんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまった。自分の頭の中はどうかしているのか。なんでそんな恥ずかしい方向に考えが行ってしまったのだろう。これではまるで、年がら年中エッチなことを考えているみたいではないか。
そもそも、この垢抜けない先輩に一体何の心配をしているのか。美少年や美少女ならまだしも、この野暮ったい男がそんな危機に晒されるわけがない。一歩立ち止まってよく考えてみればわかることではないか。
「……くっそ、ムカつく」
短く自分自身を罵る。本当にバカすぎて、言葉にならない。
自分に向けてつぶやいたつもりだったが、順作は悪態をつかれたと思ったらしく、小さくなって「すまない」と詫びた。
「は? あ、別に……アンタが悪いんじゃないだろ。今のは自分に向けて言っただけ。……っていうか、今スゲー自分が死にそう」
本当、死にそうだ。むしろ、穴があったら入って死にたい。
恭一は熱い自分の頬を自覚したくなくて、ことさら投げやりを装って言った。
「あー、ホント、そういうんじゃなくてよかった! 超よかった! 勘違い勘違い! あーあ!」
……ため息が出た。
本当、何やってんだ。
「き、君がそこまで考えているとは思わなかった。そ──そういう、ことは、ないから安心してくれ。いや、安心というのも変?だが。こんな私に、そ、その危険性の示唆は、随分と、あ、新しいと思う。ただ、ああ──そう、その──ああ──」
順作は眼鏡のフレームを落ち着かなそうに触った。
「……君が、案じてくれたのだと私は受け取った。それは私の勘違いかもしれないが、感謝の気持ちはある。それと、……あいまいな言い方をした私も悪いな。すまなかった」
「いや、別に……もういいよ、……つか、もうやめろ。この話はしぬ」
手の甲で頬を押さえる。かなり熱い。きっと赤くなっているのだろう……今が夜で本当によかったと恭一は思った。
「ところで、アンタ、帰りは?」
「あ……バスだが」
「そう、じゃあ近くのバス停は駅前だな。俺もそっちの方向だから」
恭一が歩き出すと、順作も歩き出す。
順作は半歩ほど下がった位置で。こうやって普通に歩くのは初めてのような気がした。盗み見るようにして順作を見ると、肩掛け鞄の肩紐を胸の前で握って歩いていた。確かさっきも、肩紐を握っていた。……癖なのかもしれない。
ふっと、夜風が吹いた。
火照った頬には涼しい。恭一はいつも通りを演じようと、ジーンズのポケットから携帯を出した。特にすることもやりたいこともなかったので、時刻を確認する。暇つぶしによくやるネサフは、今はする気にならなかった。半歩斜め後ろの、気配が気になって。
携帯画面の時刻は、十時前を示していた。
「……いつの講義だったか、随分、恥ずかしい思いをした」
ぽつんと順作が言った。
恭一は歩きながら、黙って半歩斜め後ろを見た。
順作はうつむいて、歩いていた。
「講義用のプリントはまわってこない。席に座ろうとすると足を引っ掛けられたりもする。座る直前で椅子を引かれることもあったな。初めてではないよ、実に中学生の頃から相手は違えど体験はしたから、……折り合いはついている」
「折り合い?」
「人間は、学習する生き物だからね。諦めるのと、受け入れるのはとてもよく似ている」
順作は、はは、と力なく笑った。
「あの彼らが言った恥ずかしいことというのは、そんな大したことのないことを指しているだけだ。……あまり話したくなかったのは、私のイメージを損なわせたくなかったからかな。それこそ、その──恥ずかしかったんだな」
頼りなく、笑う。そんな笑い方は、好きじゃないと恭一は感じた。そんな笑い方をする順作は、見ていたくない。
「私にも、一応、恥ずかしいと感じる機微はあるぞ。人と話したりするのが下手すぎて、君に七限目のあと怒られたときみたいに、人の迷惑を考えないでやってしまうことはあるが。……こう見えても、うまくしようと努力しているつもりなのだが」
やっぱり下手だな、と順作は言った。諦めの色がにじんでいた。
「実は今、私は君がうらやましい。君のようにはっきり思ったことを言えれば、いいのにな──本当に、いいのにな」
「折り合いとかそういう難しいこと言われてもな」
恭一は立ち止まった。
順作も立ち止まった。
「別に、俺はアンタから恥ずかしいこと聞いたとかって、思わないけど。それに、アンタが頑張ってるって言うなら、頑張ってんじゃないの。……俺みたいなのがいいとか、それこそ、頭がどうかしてるって思うけど」
恭一は手にした携帯電話をもてあまして、自分の肩口を携帯の縁で軽く小突くしぐさをした。
この一つ上の先輩が、どんなふうに折り合いをつけてきたかなんて、考えたくもない。周りにやられ続けてきたことなのに、それを言うのを恥じる、そんな悲しさなんて考えたくもない。
努力しているのに、こんな立派とはいえない自分がうらやましいなんて、間違っている。
「俺なんかこのなりだろ。よくからまれたよ。今もからまれることあるけど。最初の頃はそりゃ、からまれるの困るしって感じで、髪とか真っ黒に染めたり、真面目そうに見せたくて伊達眼鏡かけてみたり、言葉遣いとか気をつけたりしてたけど、だんだんどーでもよくなってさ。つまり何、努力っての放棄したわけ」
そこから先はヤンキーみたいなケンカ三昧、と恭一は肩をすくめた。
「ぐれるとか突っ張るとか、そこまでの気合はなかったから? 売られたケンカを買い続けてただけなんだけど、まあ、穏やかじゃないよな。むしろ、うらやましい要素なんて、どこにもない。ケンカ三昧は嫌だったけど、それを何とかするための努力を早々に放棄した俺みたいなのと比べて、自分の環境どうにかしようと努力続けてるアンタのほうが何倍も偉い」
順作からは言葉が返ってこない。少し言い過ぎただろうか。いや、言い過ぎたのだろう。恭一はフォローしようと、続けて口を開こうとした。しかし、恭一の言葉が続く前に、順作の言葉が続いた。
「……君は、や、」
息が詰まって、小さく咳き込んで。
「君は、……優しいな?」
確かに、やや語尾があがるような言い方だった。だが、同意も肯定も求めていないような、独り言のような言い方でもあった。
恭一は、返事に困って、沈黙する。
「君が言うと、私はしっかりと肯定されたような気になるよ」
そっと、順作は照れて笑う。柔らかい笑みだった。恭一はぼんやりとそれを見た。何も考えられなかった。
ああ、この人はそういう人なんだと、何となく感じた。本当に、そういう人なのだ。何でも、真剣に、真面目に受け取って理解しようとするから、いちいち胸突かれる思いがするのだ。
順作の言葉が、いちいち胸の内に滑り込んでくるように聞こえるから、その順作の言葉が寂しそうでいたたまれなければいたたまれないほど、恭一は振り回される一方なのだ。
そんなのは。
……そんなのは、とても困るのに。そんな気持ちは、認めたくないのに。
「……峰岸恭一君?」
反応がないことに不安を覚えたのか、順作が伺うように声をかけてくる。
恭一は、ややぎこちなく顔をそらして、間の抜けた反論をした。
「俺、別に優しくなんかねえし」
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