千円の代償
※ ※ ※
「……で、結局、晴喜が何」
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出しながら、恭一は順作に尋ねた。
順作はシャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭いていた。尋ね返すようにこちらに顔を向けられて、恭一は、だからさ、と眉間に皺を寄せた。
「晴喜がどうとか言ってたじゃん」
「ああ」
順作は思い出したように、あわててジーンズの尻ポケットに手を伸ばそうとして、顔をしかめた。さっきのあれが身体に響いたのだろう。あれというのはあれだ。ベッドの上で一戦、それから成り行き的に浴室で一戦。自分でも盛っているなと思う。
恭一は順作の腕をとった。順作はこちらを見て、顔を赤くして頭を振った。
「い、いや、そ、……大したことでは、……こ、肛門を酷使したせいで、熱を」
「あー……うん、そこ説明しなくていいから……」
「そ、……それは、す、すまない」
順作は真っ赤になって額に手を当てた。真っ黒な短髪から覗いた耳が真っ赤になっているのを見て、片眉を上げる。ヤバい、キスしたい。
恭一の心の中を知ってか知らずか、順作はやや挙動不審気味にジーンズのポケットから千円札を取り出した。
「……千円」
「返すのだそうだ」
「は」
「千円だ」
それは言われなくても分かる。恭一は差し出された千円を受け取り、千円と順作の眼鏡を交互に見た。
ああ、そういえば、エッチする前、千円を出してどうとか言おうとしていたような。
「そういうことは最初から言えよ……」
「言おうとしたが」
的確な返事に、恭一は沈黙した。
「でも、これはこれでいい結果だ」
順作は少し恥ずかしそうに眼鏡の奥から笑った。
「いろいろ思うところがあったが、千円で補完できたのならコストパフォーマンスは非常に優れていると評価するしかない」
「……???」
恭一は眉を寄せた。彼の言っている意味がよく分からない。時々、順作はそうだ。恭一の頭では良く分からないことを言う。
──でも、アレだ。
恭一は順作の細い手首をつかんだ。確かにその手首は痩せていて、骨の感触がする。
順作はやや身を引いて、恥ずかしそうに顔を伏せる。眼下の彼の濡れた髪に唇を寄せて笑う。
──でも、かわいいからどうでもいいか。
音を立ててその頭にキスをすると、順作が驚いて身を引いた。その拍子に、恭一はあごに頭突きを食らった。
──千円で、セックス二回に頭突き付きか。
まあそれでも構わないな、と恭一はしたたかぶつけたあごに手を当てながら、苦笑いした。