青い花の夜の
母が逝った。
元々、病気がちで、健康な人ではなかった。ウェザイルは、母が元気に駆け回っているところを見たことがない。駆け回る、というのは極端な言い方にしても、屋敷の中を自由に歩き回っているところも見た覚えがなかった。
記憶の中の母は、いつも眉を寄せてかすかな笑い方をした。どんなに幼いウェザイルがおどけたことを言っても、母は大きな声をあげて笑うことはなかった。大笑するだけの体力が母にはなかったのだと後に知った。
ここのところの母の具合はひどく悪く──
寝たきりになって数ヶ月、息子のウェザイルですら会えない日もあった。会いに行っても、二言三言言葉を交わすのが母にとっての精一杯だった。
遅かれ早かれ母は逝くのだろう、と覚悟していた。だから、この日、朝からぐずついた空模様を見たとき、何となく、予感めいたものが胸に去来した。
そして、それは現実になった。
ウェザイルが抱いていた予感は、父と兄にも共通していたようだった。母が逝った、と分かったとき、父と兄はそれほどには衝撃を受けなかった。ひどく衝撃を受けたのは、ウェザイルの一歳上の姉のアリアンだ。彼女は、ひどく泣いて泣いて、母の遺体に取り縋った。
ウェザイルは、そんな姉の隣について、その背を撫でた。姉の背中は不規則に震えていて、泣いているのが痛いほど伝わってきた。
母の死に顔は、よく思い出せない。
ただ、母の死に顔を見たとき、良かった、と安堵したのを覚えている。これは、もう苦しまなくてよくなったのかという安堵だ。だから、母はとても穏やかな顔をしていたのだと思う。父が、静かな母の寝室で、心を込めたねぎらいの言葉をかけていた。そのときの父の顔は、とても穏やかで悲しげだった。姉は、ただずっと泣いていた。歳の離れた兄は、耐えるような顔をして、窓の外を見ていた。
「……姉さん」
枕元を濡らす姉に向かって身をかがめると、姉は嗚咽を漏らしながらウェザイルにすがりついた。
痛いぐらいに強く、姉の手が腕をつかんだ。名前を何度も呼ばれた。意味なんて成さない呼びかけだった。ただ、でも──姉の細い肩がひどく頼りなくて、自分が支えなければとウェザイルは感じた。
ウェザイルはすがりついて泣きじゃくる姉をしっかりと抱きしめた。
姉さん、そんなに泣いたらだめだよ。母上はやっと楽になったんだ。だから、そんなに泣いていると、母上が心配する。悲しい思いをする。そんなに泣いたらだめだよ。
……そんなことを言った。