青い花の夜の



 母の葬儀は、つつがなく終わった。
 本当に、淡々と終わった。
 ウェザイルは、姉の横につき、泣いて喋ることもままならない姉の分まできちんと、弔問客のお悔やみに礼を言った。どこかの家の初老の夫人は、そんなウェザイルを見て、随分としっかりしているわねと涙を抑えた。
 ウェザイルは八つか九つだった。夫人に限らず、母の葬儀に参加した大人たちは皆、悲嘆に暮れる姉のそばに付き添うウェザイルを見て、目頭を押さえた。

 歳の離れた兄は、忙しい葬儀の合間を縫って、何度となく、ウェザイルを案じた。大丈夫か、疲れていないか、少し休むか──今まであまりかけられることのなかった種類の言葉をかけられて、ウェザイルは戸惑った。兄とは不仲ではなかったが、歳が離れていたせいか、親しく接することがなかったのだ。その兄が、何度となく自分を案じるのだから、どうも自分は悲壮な顔をしているのだろうかと不安になった。
 姉がこんなにも参っているのだ。自分までもが参ってしまっては、周囲だって困る。
 ウェザイルは弔問客に挨拶を返しながら、ちらりと父の様子を窺った。父は他の弔問客と何かを話していた。その様子は、普段と変わりない。……表情が暗いというだけで。

 父は、葬儀の途中で、泣いた。

 父が涙を見せたとき、正直なところ、ウェザイルはひどく驚いた。父が泣くとは思っていなかった。確かに深く悲しんでいることは分かっていたが、まさか、大勢の前で涙を見せるとは。
 きっと、あまりに悲しみが大きかったのだろう──父の涙は、抑え切れない悲しみの果てにこぼれたものだということがウェザイルにも切々と伝わった。父の涙を恥には思わなかった。むしろ、母を深く愛していたのだと心が強くなった。

 ただ──

 だからこそ、自分がしっかり気を強く持たなければと思った。
 自分ごときが、父を支えられるとは思わない。思わないが、父の心痛を少しでも軽減したい。まだ子どものウェザイルは気の利いたことなどできないから、せめて父を困らせないようにしたかった。

 ウェザイルは、うつむきがちな姉のアリアンの肩をさすりながら、葬儀会場を見回した。無意識に、あの姿を探す。

 兄ではなく、父ではなく、──あの姿。

 無意識に探していた姿を視界に捉えて、無意識にそこはかとなく安心する。

 会場の隅、執事長からの指示を聞く彼のその姿──執事のベラム=ノードウィッチ。

 きっちりと整髪料で整えられた髪に、品良く整えられた髭。薄いレンズの眼鏡、やや痩せ気味の体型。周囲の大人と比べて、かなり小柄な体格。
 ベラムは、ウェザイルの家──シメオン家に仕える執事だ。彼は、ウェザイルが生まれる前から、シメオン家の執事として働いている。歳は四十代。シメオン家の使用人の中では、古参に入る。仕事振りは完璧で、次の執事長に推されるのは彼ではないかという噂も聞く。

 ウェザイルは、彼の横顔を見つめた。
 整った横顔。やや下がり気味の眉、穏やかな視線。

 そして、ウェザイルは、彼らしい彼の癖も知っている。今だって、執事長の指示を聞くとき、わずかに頭を傾ける。これが彼の癖だ。ウェザイルの話も、彼はこうやってわずかに首を傾げて、聞く。








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