それから数日後、土屋さんがまた来ました。
 夕方頃でしょうか。
 俺は、ベッドに横になって、また天井を見ていました。特にすることがなかったので。
 朝から眺めていたので、天井に映った陽だまりがだんだん動いていくのが見られました。
 ああ、時間の流れだなあと思ってました。
 土屋さんが訪れるまでは。

「よう、元気しとるか」

 俺は答えたくないので答えませんでした。
 大体、元気か元気じゃないかは、見てれば分かります。
 ちなみに俺は今日も元気に死にたい病です。
 土屋さんは、俺の顔を見て、少し驚いた顔になりました。
 それもそうでしょう。俺の眼鏡の、鼻あての部分。テープでぐるぐるまきですから。
 そうです。この前いじってたら、壊れた鼻あて部分です。
 眼鏡屋に持っていく気力なんかなかったので、そのへんにあったテープで何とかした結果がこのざまです。
 不器用な俺、死ねばいいのに。
「こりゃおまえ、男前やなあ」
 土屋さんの声を聞いていると、死にたくなってきます。むしろ死にたいです。
 黙っていると、土屋さんは窓を開けようと窓に手をのばしました。
 俺が無視していることに、毛筋ほども不快になっていない様子です。多分、無神経だから、鈍感なんでしょう。そうでしょう。
 窓を開けようとしたところで、土屋さんは面食らったような顔になりました。

 それから、

 土屋さんは笑いました。

 俺は、拍子抜けしました。
 だって、あんなにむかむかして、窓に粘土を詰めまくったのです。勝手に開けるなという恨みと意味を込めて。
 いくら無神経なおっさんでも、俺の意思は、伝わっているはずです。
 土屋さんが不愉快になるのは分かります。でも、そこで笑うなんて。
 ガハハ、だか、アハハハ、だか、とにかく土屋さんはそんな陽気な笑い方をします。
 本当に、おかしそうに笑っています。


 あ。


 土屋さん、無精ひげが生えている。

 それから、前歯の左のほうに八重歯がある。




 俺は、少し不思議でした。

 そのことに気づいた俺が不思議でした。


 土屋さんは、おかしそうに笑いながら、俺の頭をまたなでようとしました。
 俺は、頭を動かして、それを避けます。
 だって、俺は駄目クズニートですが、それでも二十歳はすぎているのです。
 二十歳もすぎている大の男が、チョイ悪オヤジになでなでされて嬉しいはずがありません。
 ゴミクズニートのくせに、そんなへたれなプライドがあるとは、このときまで俺も知りませんでした。
 ゴミクズのくせにプライドがあるなんて、いっそのこと死ねばいいのに。
「俺になでられんのは嫌か」
 いちいち聞かなくても態度で示しているのですから、いい加減分かれデコ助。
 俺は無言のまま、土屋さんをにらみます。
 しかしやっぱり、土屋さんは笑っていて。
 やたらと目を引いて仕方ない八重歯をチラ見せしては、俺をバカにしているようです。本当気に入らないおっさんだ。
「せっかく来てやったんやから、頭ぐらいええやないか」
 そんなセクハラオヤジみたいな発言で、俺がうなずくはずがありません。
 就職した先でもいました。こういう、セクハラ発言が面白いと思ってるスケベ上司が。
 そのスケベオヤジは、よく俺の尻を撫でたりもんだりしていました。
 やめてくれって抗議したら、次の日、俺の机が日当たりの悪い部屋の隅っこに移動してました。
 おまけに俺はホモで男なら誰でも尻を貸す野郎という、どう考えても盛りすぎな設定になってました。
 まったく、尻好きにしても相手を選べって話だと思います。そんな設定、突飛すぎて誰も信じるはずがない……と思ったら、意外にみんな信じてて、もれなく俺は鉄壁のぼっち飯になりました。

 だから、土屋さんのセクハラまがいの発言は、俺の神経をちりちり攻撃してきます。

 しかも、
 そういえば、
 あのセクハラ上司と、土屋さんの年齢はほぼ同じぐらいです。

 俺はおっさんに嫌がらせされる星の下に生まれてきたのでしょうか。
 ゴミクズニートでおっさんの嫌がらせ受け係なんて、マジで生きてる意味がありません。
 さっさと俺なんか死ねばいいのに。







サイト 次へ
作品が気に入られましたらクリックしていただけるとうれしいです→