土屋さんが、俺を見て、考え事をしています。
あごをなでながら。
なんか、そのしぐさがやたらとおっさんっぽいです。
「死にたくなってきたので、帰ってください」
俺が我慢しきれなくなって訴えると、土屋さんはぱっと顔を輝かせました。
なんなんでしょう。
きもちわるい。
変態だ。
露骨に警戒した俺に、土屋さんはあごの無精ひげをなでながら笑っています。
「なんですか」
「ようやく声聴いたな思うて」
「……声なんかいくらでも聴けますよ。帰ってください帰ってください帰ってください帰ってください帰ってください帰ってください」
土屋さんはにやにや笑っています。
ああ、むかつく。
死にたい。
なんでにやにや笑われながら、俺は帰ってくださいってお願いしてるんだろう。
本当、死にたい。
「気が済んだか?」
「帰ってください」
「うんうん、そうやな」
この野郎。
だめです。
この人は、完全にうんこです。
俺は最高にむかついたので、もう無視することにしました。
いくら母さんがいい人だと思っていても、俺にとってはうんこでしかありません。
マジうんこ。
うんこに構われてる俺もうんこ。
うんこだらけです。
「なあ、浩之」
「…………」
「ここ来る途中に、うまいコロッケ売っとる店がある」
「…………」
「ほんまにうまいんやこれが。浩之にも今度買うてこよ思うんやけどな」
「…………」
コロッケで釣られると思ってるんでしょうか、このセクハラうんこオヤジは。
そんなエサで……でもコロッケはわりと好きです。
「浩之は何味のコロッケが好きなんやろうなあ」
コロッケなら何でも。
……とは思いましたが、答えてやる義理なんかありません。
俺はぐっと我慢の子で無視しました。
「…………」
「…………」
沈黙。
不意に、土屋さんが何を思ったのか、ベッドの上に乗りかかってきました。
俺の肩をがっしり押さえて、覆いかぶさってきます。
「っ!?」
咄嗟に逃げようと身をよじりますが、うまくいきません。
というか、土屋さんの力が半端ありません。どんなにもがいても、肩を押さえ込む土屋さんの腕の力は緩みません。
「っ何す……」
「ええから、おとなしくせえよ」
ぞくりとしました。
土屋さんの声は、低くて、少しかすれていました。
ああ、嫌だ、と思ったのにかぁっと耳や頬が熱くなります。
不意打ちです。卑怯です。
俺にこんな趣味なんかありませんから、いきなりのことに驚いて取り乱しているだけです。本当にこんな趣味なんかありません。おかしい。絶対におかしい。
俺は首をすくめて、ぎゅっと目をつぶりました。
目の前に土屋さんの八重歯があったら、不精ひげがあったら。
死にたいのを通り越して、殺してほしくなるような気がしたからです。
やっぱり、このおっさんは変態だった。
変態に何かされそうな自分、もう死ね。マジ死ね。
ああ、きっとこれ、まんまと犯されて、また死ぬほど死にたくなるんだ。
おっさんの性欲の捌け口候補の自分、死ねばいいのに。
ぐるぐると死にたい病がやってきます。むしろもう、死んでるんじゃないかな……。そのほうがいいよね……。そっのほうが正解ルートだよね……
土屋さんは、乱暴とも言える手つきで……
……ガシガシ、と俺の頭をなでました。
え?
何やってるんですか?
え?
恐る恐る目を開けてみると、土屋さんが、たまらないなあ、というように笑っていました。
「そないなことされたら、撫でんと気ィすまんくなるやろが!」
なでなで
がしがし
「本当、浩之はかわええなあ!」
いみがわかりません。
頭大丈夫ですか?
なんでそんなにうれしそうに笑ってるんですか?
ほんとうに、あたまだいじょうぶですか?
乱暴に頭をなでられながら、俺は返す言葉がなくて、ただただ、土屋さんを見上げてました。
今気づいたけど、
土屋さん、きっちりした二重まぶただ。
あ。
……ああ。
今
気づいたけど、
土屋さん、
すごく、
無精ひげの似合う男前じゃないか。
……思わず、死にたくなるのを忘れるぐらい。
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