ひょい、と眼鏡をとられました。

 土屋さんは、至極当たり前の顔して、俺の黒縁眼鏡をしげしげと眺めながら、ベッドから降りてしまいました。
 俺は、ベッドから身体を起こし、ぼんやりと土屋さんを見ていました。
 俺の視線に気づいてか、土屋さんが「ああ、悪い悪い」と笑ってビニール袋を俺に手渡してきました。
 ずっしりと重たい、ビニール袋。
 中には、白い紙袋。コロッケです。
 別に、コロッケ要求したわけじゃ……ないんですけど……。
「ああ、何味がええんか分からんかったから、店にある味、一種類ずつ入れてもろたんや。好きなん食べたらええが」
「……は、はあ」
「俺が一等好きなんは、カボチャやなぁ。甘くてほんまうまいで」
 土屋さんは、俺の眼鏡にぐるぐるまきに貼ってあるテープをはがしながら、喋っています。
 ひざの上にのせたビニール袋から、布団を通してコロッケの暖かさが伝わってきます。
 俺は、どうしたらいいのか、本当に分かりませんでした。
 土屋さんは、壊れた俺の眼鏡を見て、「ああ、こりゃあむずいわぁ」などと、独り言を言っています。
 俺の困惑など、お構いなしです。

 この人、本当に母さんからお金をもらって、俺を更正させようとしてるんでしょうか?

 だとしたら、なんで、お説教しないのでしょう。

「うん? どないした」
 土屋さんがこちらの沈黙に気づいて、振り向きました。
 俺は何故か、うつむきました。
「気ィ使わんでええ。それみんな浩之に買うてきたもんや。好きなだけ食べたらええ」
「……あの」
「ん? 何や」
「……」
 何でここに来るんですか?
 そう尋ねようと思ったのに、なぜか口にできませんでした。
「……こんなに、コロッケいらないです」
 数えてみたら十個近くあるコロッケを抱えて。
 俺は土屋さんに向かって、少しだけ迷惑そうな顔をしてみました。
 土屋さんは、ああすまんすまん、と頭をかいて、笑いました。
「浩之、おまえなんか痩せとるから、仰山食わせなならん思うてなぁ。やっぱ多かったな。全部食うのは無理やろから、適当なん食ったらええ。残りは静江さんにあげてもええし、俺も食う」
 なんか、その笑い方を見ていると、すごく死にたくなりました。
 眩しすぎて、悪いことなんか考えてないんだろうなっていうのが伝わってきて、自分の醜さが責められているような気がしたからです。
 セックスとか強姦とか、俺の頭はきもちわるいことしか詰まってません。
 でも、この人の頭の中には、そんな暗くてきもちわるいこと、詰まってないんだろうなって思うと、手首を切りたくなりました。

 なんて醜い自分。

 本当、死ねばいいのに。

「……浩之」
 土屋さんは、難しい顔をしました。
「こりゃあどうしようもないわ。眼鏡屋に持っていかんと」
 返された眼鏡を受け取ります。
 眼鏡の修理なんて、本当、どうでもいいんです。
 じわじわ進行しだした死にたい病が、死ね死ねと責めてきていて、こんな色気づいたきもちわるいクズなんか死ねばいいと頭の中でもう一人の自分が叫んでいるので。

 セックスと強姦とか、本当バカじゃないの。
 そんなことしか考えられない頭なの。
 死ね死ね死ね死ね。

「そない悲痛な顔せんとってくれや。ほんま済まん。眼鏡のことは、静江さんに言うておくから。な?」

 ぽんぽん。
 なでなで。

 土屋さんは、全然見当違いのことを言って、俺の頭を撫でました。

 ああ、なんだか。

 身体のどこかが、絞られるみたいに痛いです。







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