※ ※ ※

「土屋さんっていい人でしょ」
 母さんがそんなことを言い出しました。
 土屋さんは、あれからちょこちょこやってきては、わけのわからないことを言って、わけの分からないまま俺の部屋を出て行きます。

「あの人、意味わかりません」
 俺がいうと、母さんは、「あらそう?」となんとも適当な相槌。
 ちなみに、俺は、一回薬を大量に飲んで胃洗浄騒ぎを起こしてから、母さん相手にも敬語になりました。
 別に意味とかないんですけど、あんまり親しくしたら、死にたい気持ちを忘れてしまいそうだなって思ったからです。
「土屋さん、あなたのこと可愛い可愛いって言ってるけど、なんかアピールしたの?」
「してませんよ」
「そう。あなた普通にしてても可愛いものねえ」
「それは親ばかというものではないですか」
 そうです。
 土屋さんは、ちょこちょこ俺を訪ねてくるようになりましたが、そのたびに、俺の顔を見るたびに、孫娘を見るみたいなだらしのない笑顔になって、頭をがしがし撫でてくるのです。
 俺はもうどうにでもなれと思って、孫娘のふりをします。
 こんな二十歳すぎの死んだほうがいいクズを孫娘ロックオンとか、どう考えても頭だいじょうぶ?って感じですが。
「でも、よかった」
 母さんがほっとした顔をします。
「浩之、リビングに出て私と話すの数年ぶりでしょ」
 俺はあたりを見回しました。
 リビングです。
 ああ、そういえば。
 リビングで母さんと話すのは本当に久しぶりです。
「土屋さんが来てくれるようになってから、あなた、少し変わったものね」
「変わった……?」
「変わったわよ。ベッドから起き上がるようになったでしょ」
 それは、気が向いたから起き上がっただけで、相変わらず俺は天井警備員をやってます。
 だから、母さんの認識はちょっと、前向きすぎるのではないかななどと、不安になります。
「ね、土屋さん、いい人でしょ」
 母さんがにこにこしています。

 いい人。

 ……いい人。

 それは、どういう意味が混ざっているのでしょう。
 将来的に、土屋さんが俺の新しい父親になるという可能性を示唆しているのでしょうか。

 土屋さんが、父親。

 なんだか、それはひどい冗談にしか思えませんでした。

 でも、

 それは、十分にありえることで。

 俺は黒縁眼鏡のフレームを触ってみました。
 結局、土屋さんはこの眼鏡を直せませんでしたが、しょんぼりした俺を見て、ちゃんと母さんに俺の眼鏡が壊れているようだと伝えてくれました。
 その俺のしょんぼりは、全然別のことのしょんぼりだったのですが。
 俺は唇を少し噛んでから、母さんのほうを見つめました。
「母さん、聞きたいのですが、土屋さんは、……どうして俺の顔を見に来るのでしょうか」
 聞いてしまった。
 俺は尋ねてから、動揺しました。

 もし、母さんから、
 土屋さんは母さんがお金を払ってきてもらっているのよ、とか
 土屋さんは浩之の新しい父さんになるのよ、なんて聞かされたら。

「え? どうして来るのかって……言ってなかったかしら。母さんが浩之のこと、土屋さんに相談したのよ。浩之、ずっと天井見てたでしょう」
 母さんは苦笑まじりに言いました。
「男同士なら、浩之も話せるかなって思って。……話しやすい人でしょう、土屋さん」
「は、……は、はあ、ええ」
 話しやすいというのは大いに疑問が残るところです。
 そもそも、あの人、完璧に距離なしで宇宙人でしたし。
 しかし、ということはつまり、土屋さんは、俺を立ち直らせるために、ちょこちょこおれの顔を見にきているということになります。

 なんだ。

 やっぱり、そうだったんだ。

 ……なんだ。


 分かりきってたことですけどね。

 いまさら。


 ああ、なんだ。


 俺はほっとして、それから、なんだか複雑な気持ちになりました。

 なんなんでしょう。

 本当、意味がわからない。
 自分が意味わからない。







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