※ ※ ※
翌日、土屋さんがやってきました。
時刻は、八時頃でしょうか。もちろん、夜の八時です。
カレンダーを見たら、今日は金曜日でした。
母さんは、まだ会社から帰ってきていません。
あれ。
土屋さんのほうが早く上がれたのでしょうか。
俺が不思議そうな顔をしていたので、土屋さんは「ちゃうちゃう」と手を振って打ち消すまねをしました。
……何が「ちゃう」のかよくわかりませんけど。
「静江さんは、職場の女性社員と急遽、飲み会や。……聞いとらんのか?」
電話が掛かってきていたのかもしれませんが、ついさっきまでぼんやりしていましたから。
勿論、働いてない俺には携帯電話なんてものはありませんし、必要ないので持ってませんし。
あいまいな反応をしていたら、土屋さんは「まあ、ええ」と勝手に完結してくれました。
「夕飯まだか?」
「は」
「夕飯」
夕飯。
……ああ、夕飯か。
ここしばらく、夕飯といえるものは口にしていません。
お腹が減ったと思ったら何か口にして、お腹が減らなければ何も口にしない。そんな適当な食生活なので。
「俺が作るわ」
「え、何をですか」
「夕飯や言うとるが」
夕飯?
あ、ああ、夕飯か。
俺は腹に手を当てて、少し考え込みました。
全然、これぽちもお腹が空いていません。
何しろ、一日何もせずにいるのですから、腹が減るわけがありません。マジニートです。
「なんや、あまり腹減っとらんのか? しゃあないわ、そやったらちょっと付き合うてくれや」
※ ※ ※
土屋さんの料理は、まさに男の料理でした。
適当な大きさに切った野菜を塩コショウと醤油で炒めたものと、パックごはん。塩鮭の焼いたもの。
それから、缶ビール。
俺は土屋さんに食事に付き合うなんて返事はしなかったのですが、結局、付き合うことになったようです。
仕方なくリビングの自分の席に着くと、土屋さんが俺の真向かいの席に座りました。
「なんかつまむか?」
「いや、いいです」
テーブルに並べられた料理はおいしそうなにおいをしているのですが、本当にお腹が空いていないので食べたい気持ちが湧きません。
ですが、いかにも土屋さんらしい料理です。
この、適当な大きさに切った野菜炒め、半分ぐらい切りそこなって繋がってるところとか。
あと、パックご飯を器に盛らずに、そのままパックに入った状態で食べようとしているところとか。
「ビール飲むか」
土屋さんが、缶ビールを示して尋ねてきます。
俺は首を横に振りました。
「なんや、飲めんのか?」
「酔ったら死にたくなるので」
「ああ、そうか」
土屋さんはあっさり納得して、缶ビールのプルタブを開けました。
土屋さんがあっさりと納得したことに、俺は戸惑いました。
死ぬなんてそんなことを言うなとか、お説教されるかなとちょっと思っていたので。
土屋さんはビールをごくごく飲んで、おっさんくさい至福の一息をついています。
本当おっさんだなあ。
黙ってれば渋くてかっこいいのに。
言動がおっさんすぎて、本当おっさんだ。
缶ビール持つ手とか、指とか、首筋とか、本当どうなんですか。残念なおっさんが持っているにはちょっと宝の持ち腐れじゃないんですか。
あ、でも、箸の持ち方変だ。
「……そない見られとるとやりにくいんやけどなあ」
え。
……あ。
俺はあわてて、目をそらします。
気づかないうちに、土屋さんを凝視していたようです。
恥ずかしい。
これでは、まるで俺が土屋さんに見惚れているみたいです。
勿論見惚れてなんかないですけど。壮絶なる見間違いです。本当。
「や、別にええんやけどな。見られたかて、減るもんやないから。まあ、黙って見とらんと、何思うとるんか言うてくれたほうが俺は分かりやすうてええけど」
「……え?」
「やからな。浩之、おまえ、あんま喋らんから。ずーっと黙っとるやろうが? それでいきなり、ポーンと行動するから、俺は一瞬ようわからんことがあるんやわ」
よくわかんないのはこっちの台詞です。
たとえ母さんに頼まれたとしても、こんな超可愛げのない駄目クズニートの顔を律儀にちょこちょこ見に来る、その根性がよくわかんないです。
……あ、こうやって心の中だけで思って口に出さないのが、土屋さんからすれば、わけわかんないってことなんでしょうか。
でもなあ。
いきなり、そんなこと言われても。
性格だから、どうしようもできないし……。
むしろ、思ってることぽんぽん口に出して言えていたら、今頃社会のゴミになってないでしょうし……?
それよりも前に、前の職場で上司の尻穴提供員扱いされてなかったと思うんですよね。
ほんと。
今頃こんなんじゃなかったと思うんですよね……。
不意に、土屋さんが俺の頭をがしがしと撫でました。
「や、そんな深い意味やない。そんな顔すんな。すまん」
……そんな顔?
一体どんな顔だって言うのでしょう。俺はいたっていつもどおりですよ。普通です。
変なおっさんです。……いつものことですけど。
土屋さんの手の暖かさが、ぼんやりと伝わってきます。
頭をなでられるのは、まだそんな好きじゃありません。何と言っても、俺は二十歳を過ぎているのです。
悪い意味でやってないのが分かるだけ、反応に困ります。跳ね除ければいいのか、当たり障りなく喜べはいいのか。
試されているような気すらします。
こんな駄目ちん男、試したところで何の結果も得られないと思うんですけど。
「そうや、今日ええもん持って来たんや。浩之が喜ぶと思ってな。夕食かたしてから見せたる」
「ええもん、ですか……」
「そやなあ、ええもんや」
土屋さんの言い方に、俺は一抹の不安を感じました。
はっきりいうと、なんかすごい、言い方がおっさんくさかったので。
俺、おっさんとか好きじゃないんですよ。
本当、好きじゃないんですよ。
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