※ ※ ※
土屋さんの言っていた「ええもん」は、まあ、おっさんらしいコメントしがたいものでした。
簡単に言ってしまうと、アレです。
アレ。
エロ本です。
よりによって、エロ本とか。
マジ思考回路が下ネタおっさんそのものです。
しかもまたその内容が人妻ものとか、ひどすぎて筆舌に尽くしがたい。どういう神経してるのか、本当謎すぎる。
「とにかく元気が出んときは、読書するとええ」
「…………」
「ベッドの下に隠しとくんやで」
「あ、今、俺、どん引きしてますから」
土屋さんが人妻趣味だったことも含めて。
「や、ほんま選りすぐりやから! 一回見てから言えや」
選りすぐり……ということは、つまり……
……うわあ。
考えたくない。
やっぱりこの人セクハラおっさんじゃないですか。最低だな。
「そないはっきりどん引かんでもええやろが? ……いやな、今、家に置いとけへん理由があってな」
「……置いておけない理由ですか」
土屋さんは曖昧に笑った。
「子どもがおるからなあ」
……え?
……え……?
こ ども?
今なんて言いました?
「さすがの俺も、子どもにはちょっとなあ……これは見せられんなあ……」
え、いや、見せられるとか、そこのところじゃなくて。
前提部分の子どもの部分ですよ。
え、まさか。
土屋さん
妻子 もち です か
ああ、そうですよね。
なぜかすっかり、その可能性を省いてましたけど、
土屋さんもいいおっさんなのですから
奥さんがいて 子どもがいて 良き家庭の良き夫という可能性があるわけで。
むしろ、その可能性の方が高いわけで。
ああー、そうですよね。
なんか、その可能性が、頭になかった。
すっぽり、抜け落ちてた。
俺は、微妙に笑いました。
なんか、笑うしかできませんでした。
すごく自分が馬鹿でクズです。本当、死んだ方がいいんじゃないでしょうか。一番死ねばいいって思うのは、今、土屋さんの左手に指輪がないか確認しようとしている自分です。
土屋さんの左手には、指輪がはまってました。
あ
だめだ
なんかもうだめだ。
「ま、そういうわけで、しばらくの間預かっててくれんか」
土屋さんがなんか言っています。
でも、よく聞こえませんでした。
あ、すごく今、死にたい気分です。気分どころか、生きてる価値がなさすぎて、すぐ死ぬべきな気がしています。
そうだ、死のう。
死ねば、このよく分からない頭のぐらぐらも味合わなくて済むはずです。
大体、
俺は死にたい死にたいというだけで、本気で死ぬ気がなかったんじゃないでしょうか。
いつまでもうじうじと生きていて、恥ずかしくないんでしょうか。
死にたいのなら、確実に死ぬべきです。いつまで生きてるつもりなんでしょうか、この恥曝し。マジ死ね。今すぐ死ね。
俺は、アハハと笑いました。
久しぶりに笑いました。
俺が笑うのを見て、土屋さんは怪訝な顔をしましたが、やがて、「そない笑うとこやないやろ」と笑いました。
ああ、なんか。
すごい、行き違った気がします。
ひょっとしたら
土屋さんが俺の顔をしょっちゅう見に来るのは、土屋さんのお子さんと歳が近いのかもしれないですね。
そもそも、俺みたいな息するゴミに、わざわざここまで構ってくれる理由なんてありませんし。
ああ、気づいてしまった。
なんて俺は大バカ野郎なんでしょうね。
本当死ねばいいですよね。
土屋さんが帰ったら、死のう。
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