※ ※ ※

 気がつくと、俺は会議室にいました。
 よく覚えています──西日がもろに差し込んでくるこの会議室。

 長机がコの字型に並んでいます。
 ブラインドは壊れていて、下がりません。

 大きなホワイトボードと、重たい椅子。

 ゆっくりと、侵食するみたいに差し込んでくる、厳しい西日。

 床。

 俺は床にほおをつけていました。
 嫌だ嫌だと、俺は泣いています。

 嫌だ

 いやだ


 い や だ


 背中から、誰かが覆いかぶさってきます。
 やめて、とか、いやだ、とか、叫んだ気がします。
 でも、そんなのは無駄でした。無駄だって分かっています。

 強引に、尻を高く持ち上げられます。

「いやだ、やめて、やめてください!」

 はっとして、俺は身をよじって叫びました。
 ですが、そんな抵抗など、相手は全然ものともしません。
 ズボンのベルトがはずされて、力任せにズボンが脱がされます。すうっと涼しくなった内股に、頭の芯がサイレンを鳴らします。
「っや、やだ、やだ……!」
 必死の思いで、身体をひねって、背後からのしかかる男を思いっきり叩きました。
 男はハハと笑ってから、俺の頬を力いっぱい、殴りつけます。
 俺の抵抗なんか、全然効いてません。
 グランと視界が揺れました。遅れて、頬に熱い痛み。
 涙が出ました。
 両腕で顔を守ろうとすると、腕を無理やり開かされ、もう一度殴られました。

 もう一度。

 やめて

 もう一度。

 やめて

 何度も。

 おねがい ゆるして

 視界が白くなりました。ゆらゆらと揺れています。身体に力が入りません。

 ──おとなしくしてるんだ。いい子だ。

 そんなことを言われた気がします。耳の中で、何かがウワンウワン響いていて、よく聞き取れません。
 男が乱暴な手つきで、俺のカッターシャツを引っ張ります。ブチブチとカッターシャツのボタンが散り、俺は仰向けになりました。

 天井。


 ああ、天井、夕焼け色。


 よれよれになったシャツの襟が、強引に引き裂かれました。外気に触れて、俺の意識が叫んでいます。
 このままでは。
 このままでは。
 俺はぐらぐらする頭を我慢して、身体をよじりました。

 パァン、と頬が張られました。
 口の中一杯に、サビの味。

 いやだ やめて やめて
 おねがいしますおねがいしますおねがいします

 下着に男の手が掛かりました。
 サッと身体が冷たくなります。
 叫び声をあげる間もなく、男が性急に下着をおろしてしまいました。

「っ! っい、嫌……!」

 身体中の血の気が引きます。
 あらわになった俺の性器を見て、男はニヤニヤと笑いました。唇の端から、黄ばんだ歯が見えました。

 ──俺はね、君のことが気に入ったんだよ。だから、採用してあげたんだ。

 ──だからね、分かるよね?

 ──ああ、素敵だ。

 ──素敵だよ。

 俺の身体が激しくこわばりました。さっと、肌があわ立ち、視界がゆがみました。
 足をつかまれて、持ち上げられて、胸に押さえつけられます。
 尻肉が引っ張られるような感触。
 晒された肛門がおびえてひくつくのをとめられません。

 ──物ほしそうだ。好きなのかな? すぐあげるからね……。

 ちがう。
 ちがう、ちがうちがう……!
 嗚咽交じりに必死に訴えますが、男は肛門から目を離しません。

 尻穴に、何かが当たります。
 ググッと押さえ込まれる、きもちわるい感触と、恐怖。

 叫ぶ暇も与えてくれませんでした。

 男の太くてきもちわるいものが、無理やり肛門をこじあけて、侵入してきます。

「あ、あが、……、っひぎ…ッ…」

 身体がやめろやめろと軋んで泣き叫びます。
 背中が反り返り、引きつりました。
 視界はちかちかと揺れて、舌をこわばらせます。
 圧倒的なものに、俺はただ無力と悔しさと、痛みと、吐き気と、嫌だ、痛い、痛い痛い痛い怖いこわい こわい

 こ わ い

 やめて

 ごめんなさいごめんなさいおねがいしますやめてもうやめてぬいて

 やめ

  殴られました

 殴られました

なぐられました

 おまえなんか、

 おまえなんか、



 ほら かんじてんだろ
 きもちいいんだろ


 こうされるの うれしいくせに



「浩之!」

 大きな声で、名を呼ばれた。
 あ、

 あ、あ


 呼吸ができない。

 呼吸、

 息、

「分かった、分かったから! ええから、息、ゆっくり吐くんや……、ほら、落ち着いて、ええか」

 吐く。
 息を、

「あ……、は、」

 俺は、手を伸ばした。
 その手を、誰かが、握り、ました。
「もう大丈夫や。大丈夫」
 力強く、手を握りしめてくれます。
 その手、

 ああ、俺、生きている。

 ああ、

 俺、生きてるんだ……

 涙が出てきました。

 なんで、生きてる……
 なんで死んでないんだ……

 握られた手を引っ張られました。
 そのまま、ぎゅっと、抱きしめられます。

 ああ、これ、誰……?

 俺は遅れて、気がつきました。
 俺を抱きしめてるこの人……?
 おずおずと握られていない方の手を、その人の背中に添えます。

 あたたかい……。

「……あ、」
「落ち着いたか?」
 聞き慣れた、低い声。
 抱きしめられていた力が緩んで、その人がわずかに身体を離して俺を見ました。
「あ……つ、ちやさん」
 間近で見る、土屋さんの顔。
 無精ひげで、八重歯がとがってて。それから、白髪交じりで。
 俺は何を目の当たりにしているのか分かりませんでした。
「怖かったな」
「え……あ、はい……」
 目の前で、この人、優しく笑いました。
 ささやくような声量、低い優しい声。

 土屋さん。
 ああ、土屋さんなんだ。

 土屋さんは繊細そうな手つきで、汗で張り付いた俺の前髪を払ってくれました。
 まるで、俺を驚かさないようにと気遣っているようでした。
「みんな、夢や。全部、夢や」
「夢」
「そうや。忘れてええ夢や」
 夢。
 そうか、夢……。
 土屋さんの背中に添えていた手から、力が抜けました。
 ポトン、と手のひらがシーツの上に落ちます。

 ここは、俺の部屋──あれは、みんな夢。







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