ああ、だから、この人は。
 なんで、こんなに、俺をどうしようもなく困らせるんでしょう。

 俺は土屋さんがつかんだ手を動かして、そっと、土屋さんの頬に触れました。
 驚いたように俺を見る目。
 いつも驚かされているから今度は驚かしてやった、と少し溜飲が下がります。
 でも、それよりも、はるかに現実的だったのは、土屋さんの頬の感触と無精ひげの硬さ──

 今、俺、触ってるんですよね。

 確かに触ってるんだ……

「……甘えるって」
 俺は少し小首を傾げました。
 土屋さんの頬の感触がとても新鮮で、不思議だったので。
 この人の頬って、こんな感触だったんですね。
 誰かの頬に触ったのって、すごく久しぶりのような気がします。それこそ……俺がこんなふうになってなかった頃の、ゾンビになる前の話。
 そうです。
 俺にも、こんなふうにぼろぼろになる前があったんだ。当然のように、特別恵まれてはいないけど、平坦で平和な人生が続くんだと思ってた……。
 それがこうなってしまったのは、もう、しょうがない。どうしようもない。

 土屋さんが、俺の手を握りました。
 俺は土屋さんをじっと見つめます。

「……甘えるって、どうすればいいんですか」

 土屋さんが面食らって、ハハ、と笑いました。
 たまらんなあ、と言いながら、握った俺の手にまたキスをしてきます。
「そやなあ。俺のこと名前で呼びながら、だっこ♡とか言われたら一発やな。そんなことされたら、さすがの俺でも」
「名前」
 指先にキスされながら、俺は少し眉を寄せました。
 名前。

 ……名前?

 土屋さんが俺の指にキスしたあとで、半笑いになりました。
「まさかとは思うが、おまえ……俺の名前忘れたとか言わんよな」

 …………。

「その顔見ると、忘れたんやな……」
 深いため息をつかれました。
 し、仕方ないじゃないですか、ずっと土屋さんって呼んでいましたし……。というか、こんなことになるとは、初めの頃全然想像してなかったし、むしろおっさん嫌いだったんで普通に聞き流してたりも……
「……藤次や」
 藤次……。
「ちゃんと覚えたか」
 俺はこくりとうなずきました。
 藤次さん。
 藤次さん。
 藤次さんか。
 なんだか、新鮮な響きです。
 俺は、刻み付けるように、教えてもらった名前を初めて口にしてみました。

「……藤次さん」

「っ!?」
 藤次さんがぎょっとしたような、なんだかかっこ悪い顔をしました。
 なんなんでしょう、この反応。
「藤次さん、……ですよね?」
 不安になって、聞き返します。
 藤次さんがぷい、と顔を背けます。
「藤次さん?」
 ……これは、ちゃんと甘えてみろという試練のつもりなんでしょうか。
 そんなこと言われても、俺は甘えたこととか……具体的に甘えようと思って甘えたことがないから、どうすればいいのか分かりません。
 甘えるって、ほしい玩具の前で買ってー買ってーっていうことぐらいしか思い浮かびません。……いくらなんでもそれは二十歳過ぎの男がしたらドン引き間違いなしすぎる……。
「あの、藤次さ……」
「俺が悪かった」
「は、……え?」
 え、何が? 何が悪かったの?
 意味がよく

 いきなり、がばっと抱きしめられました。
 ギシッとテーブルが大きな音をたてます。……そういえば、ここリビングのテーブルの上でした。

「と、藤次さ……? あの、っわ」
 再びテーブルの上に押し倒されて、俺はあわてました。
 いきなりすぎて、訳が分かりません。
 目を白黒させているうちに、首筋に藤次さんの顔が近づいてきます。
「ちょ、ちょっ、と、……っん……っ!」
 明らかにぬるりとした舌の感触。
 荒い息遣い。
 え、ちょっと、なんでこの人こんなに興奮……
「……ひゃっ」
 服の下に、藤次さんの手が入り込んできます。
 何の前置きもありません。俺は反射的に、身をよじってまくれあがった服の裾を押さえようとしました。
「そんな顔して俺の名前呼ぶとか反則やろ」
「え……?」
「それで我慢しろって言うんか」
 え、反則とか何、……意味が分からな……
「おまえ、笑えるんやないか。すごく……、」
 くぐもった声。かすれて、優しい声。
 ああ、こういう声──今、初めて聞いた。
 切羽詰った、劣情がにじんだ声……。
 藤次さん、こんな声……出すんだ……。

 首筋を舌でなぞりあげて、最後に耳元で低く、熱く、燻らすように。

「おまえ、すごく、綺麗やった……」

 どきん、と心臓が泣きました。
 我慢できないぞくぞくした感覚が、身体のどこかから這い上がってきます。
 腰の奥のほうが疼いて仕方ありません。たまらなくなって、足で股間を隠すように身をよじろうとしたら、強引に藤次さんの身体が割り込んできました。
「っ……!」
 袖を押さえていた手を強引にとられて、テーブルに押さえつけられます。
 両腕を完全に押さえ込まれて、もがくこともできません。
 圧倒的な強引さ。
 俺の脳裏に、あの日みた天井の夕日がよぎります。

 ……違う。
 ……これは、違うんだ。

 俺は頭を振って、目を閉じました。
 俺の上に覆いかぶさってきているのは、俺を便所がわりにした男じゃない。
 俺のことを可愛いとか、綺麗だとか、頭のおかしいことを言ってくれる人だ。

「浩之……、俺は……」
 あからさまな動きで、藤次さんが俺の股間に股間を押し付けてきます。
 布越しにも分かる、確かな反応。
「っあ……!」
 そのまま、いじいじと股間に股間をすりつけられて身体が震えました。
 じんじんと、もどかしい熱が身体を少しずつあぶっているようです。
「っは……、と、藤次、さ……」
「浩之……、分かるやろ? これ……、おまえのせいやからな……」
 藤次さんのあそこ、すごく……、なにこれ……硬い……。
 こすりつけられるごとに、硬いものが当たって、恥ずかしい気持ちになります。
 頭を起こして、こすられている股間を見ると、俺のそこもはっきりと盛り上がっていました。

 かあっと頬や耳が熱くなります。
 だって、こんな……あからさまで、エロイこと……

 藤次さんは俺の両腕をテーブルに押し付けたまま、口を使って服の裾を捲り上げました。
「っ……」
 あらわになった腹に、藤次さんの唇が降ります。
 ちゅ、ちゅ、とついばむようにキスをして、服の裾を鼻でまくっていきます。

 あ、ちょっと、藤次さん……、ひげが、

「っあ……、い、嫌だ……、」
 だんだんとめくられていく服に、俺は頭を振りました。
 恥ずかしい。
 頭が爆発する。
 どうしたらいいのか分からない俺をよそに、藤次さんの唇が右の乳首にたどり着きました。
「っひ!」
 思わず、身体が跳ねます。

 ああ、いやだ、いやだ……いやだ……
 おかしくなる

 俺は、おかしくなってしまう


 舌先で、ころころと乳首をいじられて四肢が突っ張ります。
 ぬるぬるとしていて、熱くて、少し舌先で触れられるだけで、股間が疼いて仕方ありません。
「っは、っあ……、はぁっ……、」
 ちゅるちゅるという唾液の音。
 舌で、乳首を潰されたり、すすられたりして、そのたびに身体が小刻みに跳ねてしまいます。
 藤次さんが、少し笑ったような気がしました。
 時々胸をかすめるひげの感触が、生々しくて恥ずかしい気持ちを引き起こしてきます。
「んっ、んっ……、っあ……! いっ、痛、」
「硬くなっとるぞ……ここ……」
「っひ……! やっ、……あ!」
 すごく……、すごく、エッチで恥ずかしいのに、身体の反応をとめられない……、
 俺の身体は、本当に肉便器になってしまったのでしょうか。
 こんな……吸われてねぶられて、乳首硬くしてるなんて。
 突然、思い切り強く乳首を吸われて、俺の胸が反りました。
「っ〜〜ぁ……ッ!」
 頭がおかしくなる……!
 もう何がなんだか分かりません。
 思わず、足の間にある藤次さんの腰に、足をきつく巻きつけてしまいました。
「乳首吸われんの、気持ちええか……?」
「っは……、あ……、あ……」
 答えられるわけがありません。
 そんな会話をする余裕なんて、どこにもありません。
 ついでに、もがく気力もありません。

 頭がぼんやりして、何がなんだか。

 くらくらするまま、天井を見上げました。


 ……あ、
 天井、……夕焼けじゃない……。


 藤次さんの手が俺の腕を押さえるのをやめて、ズボンを引っ張ります。
 ゆるいゴムのウエストは、簡単にずりおろされてしまいまいました。
「あ……」
 ぼんやりする頭のまま、俺は視線を下半身へ向けました。
 ズボンは引き摺り下ろされて、トランクスの中央が雄雄しく盛り上がっているのが見えます。
 何か言おうと口を開きましたが、舌がしびれたようになっていて何もいえません。







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