※ ※ ※

 俺は、リビングのテーブルの上に仰向けになったまま、大きく深呼吸をしました。
 ……身体の火照りは、まだ少しおさまりそうにありません。
「……大丈夫か?」
 俺を覗き込む藤次さんの顔。
 少し、心配そうです。
 俺は少し笑いました。
「言いませんでしたから」
「あ?」
 怪訝な顔をする藤次さんに、俺は少し口の端をあげて、得意げな顔をしてみせました。
「気持ちいい、もっとしてって、言いませんでしたよ。俺の勝ちです」
 藤次さんは半笑いになって、俺の頭を撫でました。
「あー、そらまあ、俺が本気出してなかったからやな」
 負け惜しみじゃないですか、それ。
「そやけど、足絡めて離さんかったのはどこの誰かいな」
 ……ぐ。
 それは……その、切羽詰っていたというか……。

 あ、頬が熱くなってきた。

 俺は思わず腕で頬を隠して、そっぽを向きました。
 その俺の腕を、藤次さんが押しのけます。
「浩之」
 頬に触れられて、俺は藤次さんのほうを向きました。
 そっと、唇にキスをされます。
「ん……」
 藤次さんの硬い指が、俺の頬を撫でて離れました。
「……正直」
 藤次さんが息をひそめて、かすかな声で囁きます。
「離したくないて言われたあれで、アウトやった。今回は負け認めたる」
 だ、
 だから、エッチ最中のことを細かく言うのはやめてくださいよ……。
 本当、その辺の言動はおっさんだなもう。

 藤次さんは、ちゅっ、ちゅっと額や前髪にキスをしてくれます。
 随分満足げな顔をしてキスしてくれるので、俺は何となく恥ずかしくなって、目を伏せました。
「こら、何で目をそらす」
 恥ずかしいからに決まってるじゃないですか……。
 なんでこんなキス魔なんですか……。

 不意に、遠くでジリリリと電話の着信音がしました。
 家の電話ではありません。
 多分、藤次さんの携帯電話でしょう。
 俺は音の発信源を探そうと頭を動かしました。
「ほっとけ」
 藤次さんが短く言って、俺を抱き寄せました。
「!?」

 うわっ、ちょっと、まだ腰に力が入らな……

 抵抗する間もなく、藤次さんは俺を抱き上げました。いわゆるお姫様だっこというやつです。
 抱えあげられて、俺は反射的に藤次さんの腕にしがみつきます。
 べ、別に不安定だったからであって、甘えるとかそんなつもりはまったくありません。生まれてこの方、こんな抱え方されたことなんてありませんし。……というか、二十歳過ぎた男が、こんなふうに抱えられる機会なんて普通はないと思いますけど。
「……おまえ、軽いな。ろくに物食ってないからやぞ」
「よ、余計なお世話ですし、……お、おろしてくださいよ……」
 恥ずかしいやら、落ち着かないやら……
 藤次さんの顔なんか見られません。
 今の俺は、ゆでだこみたいになってるんじゃないでしょうか……。
 相変わらず、リビングには、ジリジリと藤次さんの携帯電話の着信音は鳴り響いているし。
 なんなんだこの場面。
 藤次さんは嬉しそうに、俺の頭に顔を寄せて、髪に鼻をうずめます。

 ひゃあ!
 だから、マジでやめてくださいよ!
 頭おかしい。腐ってる。歪んでる。狂ってる。えっと、それから、……頭おかしい!
 本当にちょっと、……ちょっと、マジ俺、困るから……

 すりすりと頬擦りみたいなことをされて、俺は思わず声を上げてしまいました。
「っだから! ……だから、で、……電話、電話出たほうが、いいんじゃない……」
「なんで?」
 うわ、心底不思議そうに聞き返された。
 なんで?じゃないよ。正気もどれよ。おっさんだろ。
 藤次さんは、ハハ、と笑って、俺を抱えて歩き出しました。
「電話はどうでもええ。どうせ会社や。……それより俺は今、取り込み中やからな」
「…………」
「キスもしたしエッチもしたけど、だっこはまだやろ」
「っ……!」

 ば、バカじゃないですか……!
 そっ、そんなことは……た、確かに言ったけど、言ったけど、いっ……言ったけど……、
 い、今それ、言う必要が……

 それでも、藤次さんはとても嬉しそうに笑っています。
 孫娘を見るような、しまりのない、幸せそうな笑い方。
「……、」
 俺は困って、藤次さんの胸に頬をつけてうつむきました。

 ……温かい……。

「シャワー浴びて、さっぱりしたら、昼飯にしよか」
 俺を抱えたまま、藤次さんは足を使ってリビングの扉を開けました。
 ……このまま、お風呂場に抱えていくつもりなのでしょう。
 こんなふうに扱われていい年恰好ではないのに、本当にこの人は俺を甘やかしすぎです。
 それを、やめるように言えない自分が情けなさ過ぎます。
「昼飯はな、おまえの好きなコロッケやぞ。まあ、冷凍の揚げただけやけどな」
「え」
「おまえコロッケ好きやなかったか?」
「……き、嫌いじゃ、ないですけど……」
「今からシャワー浴びて何やかやしたら、ちょっと冷めてまうかもしれんけどな」


 本当に、そういうのやめてくださいよ。


 本当、そういうの、やめてくださいよ。



 俺、泣きそうになって、困るんですから。








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