いろいろあって結婚、 しませんでした



プロローグ

 シメオン家の豪華な客間は、いつ見ても悪趣味だ。
 絨毯の柄はなんだかよく分からない派手な柄だし、卓の脚はふにゃふにゃした形をしていて気持ちが悪い。ありとあらゆるところにあしらわれた彫り物は、たぶんつる草か花か何かなのだろうが、これもごちゃごちゃしていて落ち着かない。
 この屋敷で生まれ育って随分になるが、少なくとも自分の趣味ではないな、と当のシメオン家の次男ウェザイルは毎回思う。
 一点の曇りもない立派な出窓をぼんやり眺めながら、今日は天気がいいなどと胸中でつぶやく。

「……あたくし、お庭を拝見したいわ。ウェズ様、案内してくださらないかしら」

 女の声が聞こえて、ウェザイルは視線を前に戻した。
 やけに立派な卓をはさんで真向かいに、薄桃色のフリルが特徴的なドレスを着た女が座っていた。その隣には、無個性そのものの顔をした年配の女が控えている。たぶん、年配の女はドレスの女の召使なのだろう。
 改めて、ドレスの女の顔を見る。
 豊かな金髪は白く細い首を強調するかのようにアップ。化粧は完璧。ドレスは胸元が大きく開いた意匠のもので、フリルの細かい刺繍がそんじょそこらの安物のドレスではないことを示している。

 ……落としに掛かってるなあ。

 ウェザイルは思わず目をそらして、心の中でため息をついた。

「ウェザイル様」

 後ろから声がする。後ろにいるのは、シメオン家執事長のベラム=ノードウィッチだ。
 思わず大きなため息をつきそうになるのを我慢して、無理やり笑顔を作る。

「いたって普通の庭ですよ。特に変わったものもありません。貴女のようなお美しい方が見るに値するようなものは何一つ」
「でも、今日は天気が良くて風もとても気持ちがいいですわ。シメオン家のお庭はとても広くて美しいお庭だと聞きましたものですから」
「……はあ、まあ、それは、……庭師たちが心砕いておりますから、荒れ果てているということはありませんが」

 適当に答えると、背後のベラムが口を開く。

「ウェザイル様は幼少のみぎり、よくお庭で遊んでおいででした。そのころから、当家の庭は、花の絶えぬ美しい庭です。本日はぜひともにアージェ様にお庭をお見せしたいとウェザイル様も望まれておいでです」
「いや、別に言ってな」
「ウェザイル様はこの通り、少々、はにかみが強くていらっしゃいますから、お美しいアージェ様を前にするとわざとひどく振舞ってしまわれる。お心内とは真逆のことをおっしゃってしまうこともあるのです。どうぞお許しいただきたい。これもすべて、アージェ様が気品に満ちたお美しい女性であるがゆえ。……そうですね、ウェザイル様?」

 肩越しにちらりとベラムを見る。ベラムはとてもいい笑顔でこちらを見つめている。
 短い白髪をきちんと整え、手入れの行き届いた髭を蓄えたその姿は、初老の執事といった風情そのままだ。おまけに眼鏡をしているから、とても有能な執事に見える。いや、実際に有能だ。彼は、我がシメオン家にとって有用な男であることは間違いない。彼は、ウェザイルが生まれる前から、シメオン家に仕えている。
 地味な服装と控えめな容姿、さらには年嵩ということがあいまって、あまり取りざたされることはないがベラムはわりに整った顔立ちをしている。それを知っているのはウェザイルに少々の事情があるからなのだが、ベラムが男前だということを知っている以上、彼の笑顔は思わず見とれるぐらいの破壊力があることも知っているし分かっている。
 それはもう、彼の満面の笑みはすばらしい破壊力を持っていることは持っているのだが──

 ……ただ、その笑顔のときのベラムは恐ろしく怖い。

 ウェザイルは、あー、と肩をすくめた。

「えー、あー、はい。そうでした。忘れてました。おつうく、……おうつくしいアージェさまをまえにするとどうにもいけませんぜひともおにわにごあんないしたい」
「ウェザイル様、緊張のあまり言葉も覚束ないご様子ですが……しっかりなさってください。アージェ様も呆れてしまわれますよ」
「おれ、……じゃなかった、私はちゃんとしっかりなさってますよ?」

 へらへら笑おうとすると、ベラムのこめかみがぴくりと動いた。
 あわててウェザイルは表情を引き締める。







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