いろいろあって結婚、 しませんでした
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ティンバルトンの街は、海と山に挟まれた平地に位置する。海の物資と山の物資が交わる位置にあり、昔から交易の拠点として栄えてきた。物資以外にも、さまざまな文化や人種、種族が混ざり合い、文化的にも重要な役割を担ってきた街でもあった。
今も、ティンバルトンにはさまざまなものが運ばれてくる。そして、人もまた同様だ。世界的に数の多い人間族は勿論のこと、獣耳を持つ種族や、あまり見かけることのないエルフ族やドワーフ族など、その他希少種族なども訪れる。多種多様の種族が生活するせいか、街は非常ににぎやかでオープンだ。ただ、人の入れ替わりが激しく、地区によっては犯罪率が高い。そのため、ティンバルトンと一口にいっても地区によってがらりと雰囲気が変わるところがあって、いくつかの村や町が集まって一つのティンバルトンという街を作っているように見えなくもない。
ティンバルトンとシメオン家の関係は深い。元々、地方の一豪族であったシメオン家だが、ティンバルトンの街を起こすのに大きく貢献し、その勢力を伸ばした。街の発展とともにシメオンも栄え、今ではティンバルトンでシメオン家の名前を知らない者はほとんどいない。
ウェザイル=シメオンは、その栄えあるシメオン家の第三子として生を受けた。上には兄と姉が一人ずついて、この兄のほうが現在シメオン家の当主に収まっていた。
つまり、当主ほどではないにしろ、ウェザイルは一応のところ、由緒正しいシメオン家の次男ということになる。貴公子と言っても差し支えのない身分ではあるのだが──
「……疲れた」
ウェザイルは談話室の豪華なカウチにうつぶせになって伸びていた。そのだらしない様子は、とてもとても由緒正しいシメオン家の者のようには見えない。
──今日のような見合いはこりごりだ。
ウェザイルはカウチに置いてあったクッションをつかみ、顔の下に挟んだ。
慣れないことをしたから、疲労困憊だ。だらだらしてしまうのは仕方ない。またいろいろと忙しくなるだろうから、今はだらだらしておきたい。するべきだ。
「ウェザイル様、お休みになられるのでしたら、自分のお部屋でお休みください……」
ベラムのやや呆れた声が聞こえて、ウェザイルはむくりと身体を起こした。
ベラムは声と同じに、少し呆れた顔をしていた。
ウェザイルは、彼の顔をまじまじと見つめる。
眼鏡。目の色は、黒。元は黒髪だったが、白髪の量が増えて灰色に見える短髪。身長は低めで、自分とは頭二つ分も違う。きちんとした服装。白い手袋まで完全防備。あと……髭。髭。
「な、何でしょう」
ベラムは伺うようにこちらを見る。
「髭」
「……は」
「髭、いいなーって」
触るつもりは特になかったが、何となく手を伸ばすと、ベラムは身構えて後ろに下がった。
「と、突然いかがなさいましたか……」
「なんで髭?」
「は……? ウェザイル様、申し訳ありませんが何をおっしゃっているのか……」
「いや、なんで髭生やしてるのかなーって。似合うけど。似合うけど、なんかじいさんみたいじゃん」
「私はもう随分な歳ですが」
だが、じいさんという歳ではない。確か、まだ五十をいくつか過ぎたくらいだ。
ウェザイルは、つとカウチの上で首を伸ばして、ベラムの耳を覗き込むようにした。ベラムはやや眉を寄せて、白い手袋をした手で己の耳を覆い隠す。
「何で隠す」
「それはあまり好きではないと申し上げているはずです……」
to be contonued.
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