千円の代償
「!?」
驚いて、反射的に腕を引く。だが晴喜の力は思ったより強く、逆によろめいて彼に身を寄せる形になってしまう。
「な、なに、を」
「ん、いや、スッゲー細い手首と思って」
晴喜はしげしげとつかんだ順作の手首を眺め、何度か太さを確かめるように握り直した。
「は……、細……?」
「いや、本当、スゲー細くね。ちゃんとメシ食ってんの?」
「そ、……三食摂らない日もあるが、概ね一日ニ食は摂っている……」
順作の返答に、晴喜はおかしそうに笑った。
「相変わらず硬いなあ。恭一にもそんな感じなの?」
「え……、いや、……そ、そんなことは……、いや、そうかもしれない……」
硬い……? 恭一にそう言われたことはない。そのせいか、今まで特別改めなければならないと思ったことはなかった。もしかしたら、自分の受け答えは硬い?のかもしれない。
「その、……村井君。私の受け答えは改めるべきなのだろうか?」
「あー、どうだろうなー。本人に聞けばいいんじゃね。っつか、あんたのことだったら恭一のやつ、何でも許しそうだけど。マジ、知ってる? あんたいないときの恭一のあんたに対するデレっぷり。キモい。本気でキモい」
「…………」
そういわれても、どう反応すればいいのか分からない。
デレるという言葉の意味もよくわからなかったが、少なくとも自分の前では恭一は普通だ。
「じゃ、俺行くわ。これから用事があってさー。千円よろしくな」
晴喜はぱっと順作の手首から手を離して、ひらひらと手を振りながら立ち去って行った。それを、何とも言えずに順作は見送る。
離れた先で、晴喜は待たせていたらしい数人の男女と合流した。派手な格好をした集まりだ。晴喜と同じような尖った雰囲気がある。……順作が苦手とするタイプの集まりだ。
その集まりの中から、女の大きな声が聞こえた。
「ああいう真面目君に絡むのやめなよー。怖がっててカワイソーじゃん。それに、なんかダサいのうつっちゃうっぽいし」
ダサい。
疎い順作にも、その言葉があまりいい意味で発せられていないのは分かった。太い眼鏡のフレームに触れながら、顔を伏せる。
いやいやあいつ結構いい奴だよ、と晴喜の声が聞こえる。なんだかそのフォローも惨めな気持ちにさせる。
順作はつかまれた手首に視線を落とした。
……確かに細い。手首の骨なんて、浮き上がるみたいだ。……数値的には、痩せすぎの結果が出る体重だし、あまり痩せすぎなのも見苦しいには違いない。
──見苦しいか。そして、ダサい。
少し憂鬱な気分になった。
「……何してんの?」
急に声をかけられて、順作はびくりと肩を震わせた。
振り返ると、そこには、恭一が立っていた。