4

 文化祭を翌日に控えた放課後、藤木のことがあったものの、神山はそれなりに普段と変わらないふうに仕事をこなしていた。
 昨日のことがあったせいか、それとも保健室に用事がないためか、藤木は姿を見せなかった。昨日のことをどう受け止め、どう考えたのか──神山に知る術はなかったが、藤木のことだ、いい方向に受け入れてくれるだろうと思っていた。
 問題は藤木のことではない──神山の気がかりはまた別のところにあった。
 それは、真沢のことだった。
 昨日のことが関係しているわけではないだろうが、今日の真沢は朝から暗い顔をしていた。気分が優れないのかと聞いても、いつものように何でもない、大丈夫だと答えるばかりでそれ以上何も話そうとしない。かといって本当に大丈夫そうかといえばそうでもなく、何か悲痛な顔をして考え込んでいるときもあれば、小さな物音に驚いて過剰な反応を示すときもある。気がかりなことがあると昨日語っていたが、気がかりなことを考えているというレベルではなかった。
 神山は心の中でそっとため息をついて、デスクから真沢を盗み見た。
 真沢もまた、デスクで事務仕事をしているようだが、全くさっきから手が進んでいない。何かを考え込むような顔をして、自分の手元を見つめている。
「あ──」
 神山は声をかけようとして、口を開き──言葉が思い浮かばなくて、沈黙した。今日になって何度もそれを繰り返していた。
 何を言えばいいのか分からなくて、小さなため息。そして、頭を抱えて、デスクに肘をつく。自分が分かっているだけでその行動を三回も繰り返している。
 ふと──
 保健室の扉が、心なしか遠慮がちに開いた。
 神山はいくらかほっとした気持ちで扉のほうを見る──やっと気を紛らわせることができる──と思ったのもつかの間、神山は来訪者に驚いて、思わず椅子から腰を浮かした。
 真沢もまた、驚いて席を立つ。
 扉の前には、藤木が立っていた。
「……先生」
 藤木はうつむいて、肩を落とした。うつむいているため、顔はわからないが、悄然としているのが伝わってきた。
 神山は普段どおりに接しようとして、失敗した。わずかにどもってしまう。
「藤木……ど、……どうした」
「……カッターナイフで、中指を切ってしまって」
 左手を軽くあげて、示す。確かに左手の中指に赤い傷跡があった。
 怪我をして、仕方なく気が進まないままに保健室を訪れたのだろう。故意に神山から顔をそらして、視線を合わせようとしない。
 神山は目を伏せて、そしてすぐに救急箱を取りに棚へ向かった。
「じゃあ、手当てするから、そこの台に座れ」
「はい」
 藤木はうつむいたままで、触診台に座った。うなだれたような体勢の藤木に、つい胸が痛む。しかし、昨日のことにはもう触れないでおこうと神山は思った。
 救急箱を持って、藤木の前に膝をつく。切ったという左手をとって、いつもと変わらぬ手当てを施す。怪我自体は、大したものではなかった。
 静かな保健室。空気は、少し重かった。
 その雰囲気に辟易したのか、真沢が静かな足取りで保健室を出て行った。気遣うような、かすかな音がして、扉が閉まる。
 なんとはなしに、出て行った真沢のあとを──閉まった扉を見つめる。事情を知ってしまった真沢は、なんとも複雑な気分だったに違いない。もし、自分が真沢の立場だったら、居心地が悪くて同じような行動をとっていたはずだ。
「……先生」
 注意が逸れた神山を引き止めるように、藤木の声。軽くはっとして、ぎこちない笑みで応じる。
「あ、ああ、すまん。ええと、一応絆創膏を貼っておくから、帰ったら清潔にして……」
 そう言いながら絆創膏を貼り終わったとき、不意に目の前が暗くなった。視線を上げる──唇に触れる感触。目の前に、藤木の整った顔があった。
「!?」
 驚いて、立ち上がる──デスクに置いた消毒液の容器が床に落ち、書類が舞った。
「な、何を……」
「先生。……僕を傷つけましたね」
 藤木の整った顔に物騒な笑みが浮かんだ。傷つけられた憤りと、ショックが織り交ざった、酷薄な笑み。そして──報復を彷彿とさせる視線。
「傷つけた……」
 背後に窓。これ以上は下がれなかった。窓の桟に手をおき、直感で感じた嫌な気配にぎこちなく笑う。笑ってかき消そうとした。
「ふ、藤木。その、……それは」
「傷つけたでしょう」
 傷つけた。……それは昨日のことを示しているに違いなかった。
「僕のことなんかどうでもいいんですよね? 力になるなんてやさしいことを言ってましたけど、体のいい嘘ですよね。僕の気持ちなんか、気持ち悪くていらないってことですよね」
「違う、俺はそんなことは言ってない。藤木、」
「先生、あなたは僕を傷つけたんだ」
 完全に藤木の一方的な物言いだ。本気でそう思い込んでいるのだろうか。昨日のことがショックで混乱しているだけなのだろうか。藤木の表情には、傷つけられた悲壮感よりも、受け入れられなかった怒りのほうが勝っていた。
 拒絶された──と藤木には受け取られたのだろう。神山の思いは、届いていなかった。いつか分かってくれると思っていたのに……そんな受け取り方をされてしまうとは、夢にも思っていなかった。
「藤木……」
 考えもつかない事態を招いてしまったことに呆然としていた。藤木が傷つくのは仕方ない。だが、拒絶する気はまったくなかった。なかったのに。
 神山の前に立ちはだかった藤木は、危うい笑みを浮かべていた。思わずつばを飲み込んで、ぎこちなく笑った。
「ふ、藤木、その、……落ち着け? 俺は藤木のことをどうでもいいなんて一言も言ってないし、気持ち悪いだなんて思ってもない。昨日の今日だから、落ち着くのは難しいかもしれないが……」
「いいんです、もう。そんなことは、もうどうでもいいんです」
「ど、どうでも……いい……?」
 聞き返そうとした神山の唇を、藤木が無理やりキスで塞いだ。
「っ……」
 逃げようと更に後ろへ下がる。しかし、そこはもう窓際でそれ以上は下がれなかった。
「ふ、藤……」
 彼の細い身体を押しやろうと肩をつかむ。だが、それをきっかけにしたように、藤木の唇から、舌が伸びた。油断していた神山の唇は簡単にこじ開けられる。無理やり舌が入り込んで、歯列をなぞりあげられる。
「っ……く」
 何が起きているのか、理解できなかった。
 唇を塞ぐのは、確かに蘇洸の制服を着た少年で──ああ、これはキスなのか。キス? ダメだ、何で……
 入り込んだ舌が巧みに歯列をなぞり、萎縮する舌を絡めとる。強く吸われて、神山は顔をしかめた。
「うっ……」
 冗談じゃない……頭がぼんやりした。ここ最近、誰かとキスなんかご無沙汰していたせいなのか──何も考えられなくなってきた。たかが年端も行かない子どもに──キスされて陥落してどうする。
 突き放そうとした腕に力が入らない。思うように動いてくれない。上あごの弱い部分を舌先で遊ばれて、体がこわばった。
「先生、子どもみたいですね……」
 唇の前で甘く囁かれて、神山は眉を寄せて「冗談はやめろ」と言おうとした。
 だがその言葉の先は──続かなかった。藤木の手が、スラックス越しに股間に伸び、握り締めてきたのだ。全く予想外の展開に、神山は目を剥くしかなかった。
「ちょっと硬くなってる……先生? 僕のキス、そんなに良かったですか?」
「や、やめろ、おまえ何をしてるのか分かって……! お、おいっ」
 ベルトをかちゃかちゃと音を立てて緩められ、あれよあれよという間に前をくつろがされてしまった。
 慌てて藤木の手を払おうとしたが、それよりも早く、藤木の手が神山のものを下着から引き出した。いきなり晒された自身に、神山はもう何が何やら、真沢に恥ずかしいことを言われるよりも更に混乱した。
 外気に触れ、おまけに人に触られて、こちらの意志とは無関係にそれは硬くなっていく。止めたくても生理的な反応は止められなかった。カッと頬に血が上る。
 藤木は魅惑的な笑みを唇に浮かべた。ぞっとするような、色気に満ちた表情だった。
「もうぬるぬるしてますよ。嬉しいな……」
「ばっ、……よせ! おまえ、何をしてるのか分かって……!」
 藤木はその場にしゃがみ、引き出したそれを口にくわえた。
「!!」
 生暖かな感触に、神山は声のない悲鳴をあげた。藤木の顔は醜いそれをくわえ込みながらも、相変わらず優等生然としていて──その対比に眩暈を覚えた。
「っう……!」
 ぬるぬると藤木の舌が、怒張に這う。わずかに頬を染め、その肉にしゃぶりつく姿は、藤木ではない何かを見ているみたいだった。あんなにも、礼儀正しくて、優しそうだった藤木──今時あんな子がいるのかと感心していたのに。その幻想は見事に打ち砕かれた。
 今、目の前で、藤木は男の怒張にしゃぶりついている。ほおばり、舌を這わせ、すすって。
 信じたくない。
 信じたくなどなかった。
 自分の情けなさに涙が滲んだ。こんなことを生徒にさせて、一体自分はどういうつもりなのか。
 夢なら、早く覚めてほしい。こんなことはあってはならないことなのに──
「っ……!」
 藤木の舌が神山をたくみに高めていく。しゃぶりつく濡れた音。耳を覆いたくなる卑猥な音。
 神山は手で顔を覆った。唇を噛んで、高められる劣情を耐える。もう囚われてしまう。突き放したくても、突き放せない。快楽の前に膝を着いてしまう、あさましい自分──嫌悪した。
「……あむっ……ちゅ、……」
 恍惚とした目つきで、藤木が奉仕する。手馴れていて、あまりに巧みだ。不慣れな神山はもう翻弄されてなすがままに陥るしかなかった。
「ふ、藤木……! も、もう……! あ……!」
 藤木の口一杯に突っ込んだ自分の怒張は、恥ずかしげもなく大きく膨らんでいく。大きなものをくわえ、垂れ流すままの唾液。藤木の優等生な気配は淫らなものに塗り潰されていく。
「先生の……大きくて……っむ……びくびくして……っちゅ……可愛い……」
「やっ……やめてくれ……! 頼むから……!」
 頬が熱を帯びる。辱められる。けれども口ではやめろと言っておきながら、藤木の舌と口腔に高められ感じてしまっているのは火を見るより明らかだった。膨らんだ怒張は、今にも弾けそうなぐらい熱をはらんでいる。快感に、視界がおぼつかない。
「せんせぃ……? 出して……先生のせーえき、ほしいんです……」
「っ!!」
 棹先に歯を立てられて、神山は身体をこわばらせた。
 ああ、ダメだ、いく……!
「……くう……っ」
 抗おうにも、打ち崩されてしまった理性は働かなかった。あさましくぶるりと身震いをすると、神山は白濁したものを吐き出す──その瞬間、藤木は口の中からその高ぶりを引き抜いた。
 びゅっ……びゅるっ……!
 たぎったその熱いものが、藤木の顔に放たれた。止められない。
 一度溢れ出した男の精は、もうとどめることなど不可能だ。
 痛みさえ感じる快楽の中で、神山は白濁した精液を整った藤木の顔にぶちまけた。
「あっ……ああ、先生の……。先生の、熱くて……気持ちいい……」
 藤木はうっとりとした顔つきで、達した神山のものを握った。汚れたままのその顔で、そっとその怒張に口づける。
「う、……はぁ、……はぁ……藤木……」
 荒い息で顔をしかめる。……なんて事をやってしまったのかと、じわりと冷たいものが胸に沈んだ。
 保健室で、しかも生徒相手に、汚らしい男の欲をたたきつけてしまった。
 教員として、保健医として、いや、大人として最低だ──
 神山は顔を手で覆って、唇を噛んだ。泣いてしまいそうだった。
「先生……? これで先生は僕のものですね……? こんなところ──保健室で、生徒相手にいかがわしいことさせて。こんな姿、僕の父さんに見られたら、どうなるか分かってますよね」
「……」
 返す言葉がなかった。
 たとえ、行為に及んできたのが藤木のほうだったとしても、それに抗えなかった自分のほうがもっと悪い。神山は大人で、保健医という立場で、藤木は性的にも不安定な年頃なのだ。少年の不安定な暴走を的確に対処できなかった自分に落ち度がある。
 藤木は神山のものに音を立てて口づけした。
「心配しないでください、先生。僕は先生以外の相手に、こんな無茶なことはしません。今まで、ほしいものは絶対に手に入れてきましたけど、先生だけはついこんな性急な手を使ってしまっただけです。……先生が他の人に取られるのが耐えらなかったんですよ」
「……藤木……」
 それは、思春期にありがちな指向だ。ただ、誰かを独占したい──それだけだ。藤木の言うことは、ありふれた……暴走。
 神山は背中を窓際につけたまま、その場にくず折れた。
 藤木の顔を見ることがどうしてもできなかった。何があろうと、どういう事情があろうと、神山は藤木に汚いことをしてしまったのだから。
「それで……それでいいのか、おまえは。藤木……」
「絶望なんてしないでください、先生。すぐに先生も僕なしではいられなくなりますから」
 ベルトのバックルが音をたてた。衣擦れの音──ふわりと、うなだれて座り込む神山の上に、下半身をあらわにした藤木が覆い被さってきた。
 顔を覆っていた手をはがされ、唇に口付けを施される。無精ひげの生えた頬に、すりすりと頬を寄せてくる。甘える仕草に、神山は手痛い抗いの言葉を吐けなかった。
 甘えている──のだ。
 何か確かなものにすがるように。
「先生だけだ……先生だけ……」
 神山の太いものに手を添えて、無理やりすぼまりに宛がう。一度達したそれは弱い硬度しか保っていない。だが、節木はそれでも無理やりに、その細い身体をゆっくりと沈めた。
「っあ……! ああ……!」
 甘い吐息。のけぞり、神山の怒張を受け入れる。
「ふ、藤木……! やめ……!」
「大丈夫です……、……先生? ああ、先生の大きくて、いい……」
 細い息をついて、藤木はゆっくりと腰を動かした。
 擦られる内壁に、快楽が伝わってくる。気持ちよさに歪んだ藤木の顔は、もう神山などは見ていなかった。ただ自分の快楽を求め、得るために腰を動かす。
「っく……」
「大きっ……びくびくしてますよ……? 気持ちよくて、いっちゃいそうですか……」
「うあっ、……くっ、う、動かすなっ……!」
 ぐちゅっと濡れた音をたてて、藤木の中が吸い付いてくる。まとわりつき、噛み千切らんばかりに締め上げられる。
 きつい入り口に自分をこすりつけるようにして、藤木が腰を動かす。
「あっ、あっ……! 先生の、僕のあそこに当たって……いいっ……! 抉って、そこを抉って……!」
「や、やめろ……っ」
「あはっ……先生の育ってる……、硬くて、大きくて、裂けちゃいそう……」
 乱暴に腰を揺さぶり、肉にしゃぶりつき奥まで飲み込む。ぐちゅっと濡れた音がくぐもる。藤木の手が白衣の裾をつかみ、握り締める。骨が当たるほどに突きこまれ、神山は身体を硬くした。
「っう……!」
「あはっ、……せ、せんせいの、おっきくて、もっと奥まで……、気持ちいい……!」
 じゅぷ、ずぷっ……
 藤木が肩に手を置いて、一心不乱に腰を振る。
「藤木、やめ……!」
「せ、せんせ……、突いて……僕の、お尻の穴……、きつくていいでしょ……? 白いの、たくさん出して……」
 まるで精液をしぼりとろうとするように、締め付けながらこすられる。貪欲な肉に持っていかれてしまう。すべてを。
「あっ、あん……、い、いっちゃう……! 先生、僕、もういきそう……! も、出ちゃうう……!」
 女のような甲高い声をあげて、藤木は白いものを吐き出した。
 ぐったり弛緩する身体──神山は顔を歪めて快楽に抗う。だが、耐えられなかった。まとわりつく内部に誘われるように、神山は、白濁したものを藤木の中に放ってしまった。







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