「先生は優しすぎます。──言いませんでしたか。その優しさは無意味だと。特に私みたいな人間には、優しくされると辛くなるんです。辛ければ辛いほど、私のような人間は安心します。何故なら──これ以上、望むものはないと感じることができるからです」
「……そんな」
 そんな辛い話があってたまるか。辛い方が安心するなど、絶対に嘘だ。
「先生。哀れに思わないでください。別に先生の同情を買おうとして、こんなことを言っているわけではありません。元々、私は──」
「俺は優しくなんかない! 俺は優しくなんかない……!」
 神山の心に痛いことを平気そうに言う真沢が憎らしくて、神山は強引に真沢を引き寄せ、抱きすくめていた。
 黙らせたいがために、力を込めてその背中を抱きしめる。
 腕の中で、真沢が驚いて息を飲んだ。動揺したように細い吐息。──それとも、嫌悪だったのだろうか。だが、神山はそれでも真沢を離すつもりはなかった。
「俺は優しくなんか……。こうやって、相手の意向などお構いなしにひどいことだって……できる」
「先──」
 抗いの言葉を吐こうとする真沢の細いあごをとらえて、神山は無理やり唇を押し付けた。
「……!」
 目を見開く──真沢のレンズ越しの瞳。わなないた唇は、しっとりと湿っていて、柔らかかった。
 神山は押し付けた唇を離し、何かを言おうとした。しかし何も言えず、頼りなげに取り乱す真沢に更に強引に口付けた。背中に回した腕を動かして、髪に指を絡ませる。冷たく濡れたような感触の真沢の髪。たまらなく痛い。
 抱きすくめられた真沢がそっと神山の服をつかんだ。ぎゅっと握り締められると、もう何がなんだか分からなくなった。合わせた唇の合間──真沢の半開いた唇を荒々しく舌でこじ開け、口腔に忍び込む。
「ん……!」
 小さな反抗。けれども、やめる気はなかった。口腔の所在なさげな真沢の舌を絡めとり、吸い上げる。
「……んぅ……っ」
 真沢の身体が、緊張に硬くなったのが分かった。苦しげに寄せられた眉──すがりつくように、真沢の指が衣服をつかむ。乱暴に真沢の唇を奪い取りながら、ゆっくりと体重をかけて押し倒す。手ひどい抵抗にあうだろうと思っていたが、真沢は意外に素直に組み敷かれた。
 唾液の応酬、おずおずと応えようとする真沢の唇から、おそらく神山のものだろう唾液が伝ってこぼれた。横たわって広がる真沢の髪に指を絡め、キスを重ねる。息苦しそうな真沢の吐息が肌をくすぐる。頭が痛い。こめかみがうずいた。
 唇を離すと、真沢が弱い吐息を漏らした。頬がうっすらと赤くなっている。眼鏡越しの瞳は潤み、ぞくりとするような色気があった。
「真沢……」
 耳元に唇を寄せ、囁く。ぴくん、と真沢が反応した。「あ……」意味のなさない、真沢の呟き。それを受けて、神山は首筋に唇を押し当てた。
「すまん……すまんな……」
 首筋、首元、鎖骨──キスで辿って真沢の滑らかな肌を味わう。すまない気持ちでいっぱいだった。だが、それと同じぐらいに、真沢がほしかった。詫びながら、それでもやめられない。愚かだと思う。
「あっ……」
 真沢のまとうカッターシャツのボタンを一つ一つ外していく。あらわになっていく白い胸板が神山を狂わせた。香り増す色香に、神山の指先が知らず怯えた。四つほどボタンを外し終えたが、残りのボタンがどうしても外せない。指先がかじかんでいる。
 神山は目を閉じ、真沢の白い胸に唇を落とした。ついばむように、鎖骨からみぞおちまでをなぞる。カッターの薄い布地に隠れそうになっている胸の突起に舌を絡めると、真沢ははっきりと身体を硬くした。
「っく……」
 反応を見せたのが少し嬉しくて、左右の突起を舌と指で愛撫する。刺激を与えてやると、それは硬く尖り弾力を増した。
「っ、……せ、先生、そんなに……、いっ……」
 軽く歯を立てると、真沢が声のない悲鳴をあげた。身体を起こしかけるのを、神山は制するようにして残りのボタンを息を止めて外した。
 するり……と衣擦れの音がして、真沢の整いすぎた白い肌が現れる。白磁の肌──痩せた頼りなげな体躯。動悸が高まり、喉が知らず動いた。
「せ、先生、……そんなに見ないでください……。じ、自信がありません……」
「……綺麗だ」
 無意識にそう呟くと、真沢は目元を染めて目を伏せた。恥ずかしいことを言ってしまったらしい。後から気がついて、神山は気まずくなった。ごまかすように、眼鏡の位置を直してから、その白い肌に口付ける。キスの痕を残したいとは思ったが、成り行きこうなってしまった真沢に対する引け目で、痕をつけるのは我慢した。
 キスでかたどる真沢の身体は、思っていた以上に繊細ではかなかった。わき腹に口付け、臍のあたりを舌でくすぐると、真沢は甘い吐息を漏らした。
「せ、先生っ……」
 甘い、脳髄を焼く声。下半身にうずきが走る。やや性急な求めで、真沢のズボンのベルトを外し、前をくつろげる。下着ごと下へずらし、真沢のものを引き出す。
「あっ、そ、そんな……、」
 引き出したそれはもう硬くなっていて、真沢の普段の姿からは思いも寄らない反応を見せていた。欲からほど遠い印象がある彼でも、こうやって触れれば反応する。その俗っぽいアンバランスさが良かった。
 神山は自分がやるように、真沢のそれを握り、おずおずとこすってみた。
「うっ……、あ、……やめ、……」
 ぐっと真沢のものが更に硬くなり、膨らんだ。半勃ちだった真沢のものは、力を持ち雄雄しく勃起する。
 ──よかった、方法は間違っていない。
 神山は安堵して、さっきよりは強く、そして慣れた手つきで真沢のものをしごいた。皮をずらし、やわやわと握り締める。先端から先走りの露が伝い、神山の手のひらを濡らした。
「あ、や、やめてください、……そんな、……か、感じて……し、しまうんです! そんなにされると……!」
 身体を起こして、真沢は自身を握り締める神山の手をつかんだ。怯えている。しかし、赤く上気した頬は、与えられる快楽に染められて、淫猥な色を湛えていた。
「気持ちよくないか……?」
 囁いて、口付ける。眼鏡が触れ合って、カチンと音を立てた。泣きそうに潤んだ目で、真沢はゆるく頭を振った。
「先生にされると、……、感じてしまって……! せ、先生に汚らしいと思われたくありません……!」
「汚らしいわけがないだろう……?」
 耳元でかすれた声で笑うと、真沢は唇を噛んだ。腕をつかむ真沢の手をゆっくり引き剥がしてやりながら、耳朶を食む。
「おまえが綺麗だと思う。……本当だ。不思議だな」
「せ、……先生……、っぅ!」
 ぎゅっと力強くそれを握り締めると、真沢は息を飲み身体を硬直させた。勃ち上がった真沢が、確かな脈動をもって震え、張りつめる。
 先走りの汁に濡れて、ぐちゅぐちゅと淫らな音が静かな部屋に響く。せわしない真沢の吐息。耐えるように抑えられても、神山を煽る仕草でしかない。
「せ、先生、お願いです、それ以上は……っ、い、嫌っ……!」
「真沢……、お願いだ。悦んでくれ」
 耳のすぐ下に息を吹きかけ、真沢の中にあるはずの劣情に呼びかける。悦んでほしい。身体の反応だけでなく、言葉でも。そうすれば、きっと自分は満たされる。
 神山は、もう自分が満たされることしか考えられなかった。嫌がる真沢を高め、いかせる。この手で。そうすれば──ああ、どんなに満たされるだろうか。
「せ、先生、神山先生……! お願い、……そんなに、……!」
 真沢が神山に抱きついた。首根に腕を回して、すがりつく。鼻先に、石鹸の香り。首に眼鏡のフレームが当たる。抱きつかれた拍子に、神山の黒縁眼鏡もまたずり落ちる。
「い、嫌、……せ、先生、先生っ……! だ、だめです……っ」
 真沢は四肢を突っ張らせて、息をかみ殺した。わずかな間を置いて、真沢のものが神山の手の中で白濁したものを吐き出した。
 熱い劣情──真沢の中に確かにある、欲の証。
「……っく……」
 真沢はしゃくりあげるように、身体を震わせた。抱きついた腕に力を込めてくる。放ってしまった後悔に怯えているのが痛いほど伝わってきた。
 ──無理をさせてしまった。
 神山は今さら、後悔した。抱きついてくる真沢が震えているのは、泣いているせいなのか。男に触れられ、拒否しているのに更に高められて達してしまったのだ。プライドが羞恥にずたずたに切り裂かれたのは想像に容易い。
「真沢……」
「っ……」
 真沢の身体を引き離すと、真沢は目元を見られるのを恐れて顔を腕で覆って隠した。その腕に手を添えて、ゆっくりと下ろさせる。あらわになった目元には確かに涙が溜まっていた。目じりに光る涙を、唇を寄せて拭い取る。
「すまん……やめられなかった……」
 真沢をいかせたことで、自分は満たされた。けれども──それの犠牲になった真沢は?
 怯えて震える真沢を見れば、自分のやったことがいかにひどいことなのか分かる。
「もうしない。もうしないから……泣くな。悪かった。許してくれ」
「……先生」
 真沢がそっと神山の服をつかんだ。
「どうして、私に……そんなことをするのですか」
「あ、ああ……?」
 思わず素で聞き返した。真沢の尋ねたことは、根本から覆されるような──内容を孕んでいなかったか?
「どうして、私にそんなことができるのですか……?」
「ど、どうしてって」
「遊びなら、遊びとそう答えて下さっても結構です。……ですが、こんなふうに、……やっぱり優しくされたら、私はどうしたらいいのか──何を信じればいいのか、分かりません」
 ……会話が派手に行き違っているような気がする。
 真沢にキスしたのは、真沢をいかせたのは、それはもう真沢に惚れているからであって……
 …………
 ……あっ!?
 神山は顔を引きつらせた。
 ──そういえば、何か大事な段階をすっ飛ばしてしまったような気がする。
「あ、え、ええと、その真沢……」
「い、いいんです、本当に。私は平気です。先生は弓岡先生が好きなんでしょう。私はちゃんと理解していますから、だから」
 弓岡が好き? 誰が? どこで? 何が? WHY?
 ああ、行き違っている。今まで軽く会話が行き違うことはあったが、今回は派手に行き違ってしまっている。
 神山は慌てて真沢の言葉を遮った。
「い、いや、その待て? 弓岡が好きって……じゃあ何で、俺は好きでもない相手とこんなことをしてるんだ?」
「……は?」
 役所の冷たい対応。案の定、受付窓口で神山は立ち往生する。
「……そういえば、そのー……」
 ああ、やっぱり大事な段階を二段ぐらい飛び越えてしまっている。いくら五年ぶりの恋だからってそれはない。勝手を忘れたなんて言い訳はバカだ。
 つまり……
 ひょっとして、真沢に自分の気持ちを伝えてない……のではないのか……?
 神山の顔が火のついたように赤くなった。何を今さら、だったが改めて自分のしたこと、感情を自覚するともういただけなかった。頭はぐるぐる、こめかみがどくどくする。
 いきなり真っ赤になってしまった神山に、真沢は怪訝な顔をしないではいられなかった。
「せ、先生? ……あの……?」
「そ──その、す、すまん……」
 うつむいて頭を下げる。これでも男、やはり腹をくくらなければいけないときはくくらなければ。
 真沢の細い肩を両手でつかみ、ともすれば視線を逸らしそうになる自分を叱咤しながら、顔を上げる。
 真沢は眼鏡越しに神山を見つめていた。その顔は驚いているような、怪訝な、……とにかく神山の行動が全く理解できない、という顔だった。
 深呼吸──神山は一度目を閉じ、それから真っ直ぐ真沢を見つめた。
「……おまえが好きだ」
「え……」
 見開かれる、真沢の知的な瞳──涙のあとかすかに残る瞳の縁。
 小さな声で聞き返され、驚いた瞳で見つめられて、神山は所在がなくなった。おどおどと視線を落として、言い訳するように続ける。
「す、すまん……その、好きになろうとかそう思ってたわけじゃない。好きになりたいわけでもなかった……だがその、気がついたら。気がついたらそうなってしまっていたというか」
「……先生」
 真沢はこめかみに指を当て、視線を落とした。困っているのだろう。……そんないきなりな告白、さっきの行為の言い訳にもならない。
「神山先生……その、……ありがとうございます……」
 拒否とも甘受とも分からない言葉で受け取られ、神山はぎこちなく真沢を見つめ返した。真沢はちらりと神山を見て──また視線を落とした。
「その──嬉しい…のですが、どう答えたらいいのか分かりません……」
「……そうか」
 神山は小さくため息をつき、真沢の肩から手を離した。自分の気持ちを言えただけ、良かった。それだけで十分だ。
 真沢が慌てて、視線をあげた。
「ち、違います、先生。その──言葉が、うまくつながりません。嬉しいということを、そのまま嬉しいと言ってもこの嬉しさはきっと伝わりません。先生。──これは、その、……あの、両思い…というものですか?」
 ……両思い。
 ということは。……その、つまり。
「……っ」
 言葉のもつやけに古風な──そしてくすぐったい響きに、神山は真っ赤になった。真っ赤になっているのが鏡を見なくても分かる。
「……あ、あああああ〜……」
 頭を抱えてよく分からない唸り声をあげる──顔から火が出る。もう大火事だ。
「……」
 対して、真沢はこめかみに指を当てて、斜め下を見つめている。視線はどこか落ち着かない。
「…………」
「…………」
 いつかどこかで体験した沈黙。しかし、あの時と違って互いに視線を逸らしあう、微妙な沈黙だった。
 神山は小さい吐息を漏らして、ゆっくりと手を真沢に伸ばした。頬に触れると、真沢は驚いてこちらを見つめる。困惑する瞳には、神山の気持ちを疑う色がある。
 ──弓岡とのことを、まだ疑っているのだろうか。
「真沢……」
 神山は真沢の細いあごをとらえると、顔を近づけた。
 縮まる距離──何をされるのか分かっているはずなのに、真沢は目を見開いたまま神山を見つめている。神山はやりにくくて、少し顔をしかめた。
「そ、その、目を閉じろ……」
「あ……キスするときは目を閉じるもの……ですか?」
 やけに理性的なことを言って、真沢は目を閉じた。神山は複雑な気分になった。自分で違って真沢には余裕があるのか──だが、目を閉じた真沢の顔を見て、それが思い込みであることに気づいた。
 理性的なこと、さめた言葉尻、けれども本当は緊張している。感情が分かりにくい話し方は、真沢の生来のものなのだろう。
 だが、真沢の乱れた声は、もう聞いた。……たぶん、自分だけが。
 目を閉じた真沢の唇に、自分の唇を押し当てる。触れて、ためらい、離す……そしてもう一度奪い取る。
 開いた真沢の唇に舌を忍ばせると、真沢は動揺して目を開いた。迫る眼鏡のレンズとレンズ。フレームが当たって、かすかな音をたてた。
 神山は細い真沢の肩をしっかりとつかみ、強引に唇をねじ合わせた。眼鏡のフレームが互いに当たってカチカチと音を立てる。
「んぅ……っ、ふ……」
 縮こまる真沢の舌に舌を絡め、唾液で縛るようにまさぐれば、真沢は苦しげな顔をして神山の服をつかんだ。
 飲み込めずあごを伝う唾液──糸を引いて、欲情を描く。
「せ、……先せ……、……ん」
 激しくキスを交わしながら、神山はぎこちなく、羽織ったばかりの真沢のカッターシャツを肩から落とした。剥き出しになる白い肩に手を添えて、抱き寄せる。
「ん……、ふ……、ぅ」
 溺れる者が藁をつかむように、真沢の手が神山の肩にすべり、服を握り締める。
 肌をくすぐるのは、悩ましい甘い息遣い。
 甘い吐息に挑発されて、神山は真沢の背に添えた手を腰へ、そしてズボンの中に手を入れ尻へと滑らせた。
「っあ……! せ、先……っ」
 浅い谷間を中指でなぞると、真沢は神山の唇を離して取り乱した。頬を赤らめて、神山の手首をつかんで無体を引き止める──しかしズボンの中に入れられた手を引き出すことはできず、ためらいがちの悩ましげな吐息を漏らす。
「そ……、そんなところ触らないでください……」
「俺に触られるのは、やっぱり嫌か……?」
 恥ずかしそうにする真沢がひどく可愛らしくて、神山は尻に添えた手を、更に奥に滑り込ませた。
「ひっ……!」
 腰を浮かし、身体を硬直させる。双肉の合間に指を添えて襞を指先でいじってやると、真沢は唇を噛んで抱きついてきた。
「い、嫌……、そんなところ、触るところじゃ、ありませんっ……」
 目を閉じて辱めに耐える真沢の表情がこれ以上にないぐらい、神山の劣情を煽る。
 真沢の耳朶を軽く噛みながら、両手で下着とズボンを更にずり下ろす。半勃ちになった真沢自身が現れる──剥かれた下半身に怯えて、真沢の身体が震えた。
「せ、先生……!」
「……いいか?」
 真沢の耳元で囁く。熱にかすれた、切羽詰った声だった。こんな自分の声を聞くのは初めてだ。
 実際、神山は焦れていた。下半身が焼け付くように痛かった。思えば、真沢を一度いかせてから、ずっと熱を抱えていたのだ。気持ちを伝えた今、神山のものに落ち着けと言ってもそれは無理な話だ。
 惚れた相手にキスして、触れる──求めてしまうのは、自分勝手だろうか。藤木のように、押し付けているのだろうか。
 答えない真沢に神山は焦らされて、問いを噛み付くように繰り返した。
「抱いて、いいか……?」
 言葉にためらう、真沢の吐息。重ねて、訴える。悲痛に訴える……
「おまえを抱きたい……抱きたくて、気が狂いそうだ……。許してやってくれないか……」
 真沢は神山の首根に回していた腕を解いて、そっと神山の胸板に手を添えた。密着した身体を離して、神山の視界の中でうつむく。恥ずかしがっているのが、何となく雰囲気で伝わってくる。
「真沢」
 流れる黒髪に、口付け、鼻先をうずめる。甘い石鹸の香り──左肩を射る。
 真沢は赤く上気した頬のまま、か細い声でそっと告げた。
「神山先生……わ、私を……抱いて、ください……」
「……!」
 喉が何かにわなないた。指先が震え、言葉に溺れる。息が出来ない──真沢の言葉に、窒息する。
 神山は荒々しい仕草で真沢の身体を押し倒した。狂ったように口付ける。唇、あご、首筋、鎖骨。乱れた髪に指を入れて、愛撫する。
「あ、せ、先生、……」
 何か言いかける真沢の唇を、無理やり口付けで封じる。彼の薄い胸板に手のひらをあて、指先で突起に触れる。すでに尖って硬いそれを、こりこりといじってやれば、真沢の白い身体が弓なりに反った。
「あっ、……そ、そこは、そんなに……っ」
「そんなに、何……?」
 わざと強く押しつぶすと、真沢は激しく頭を振った。眉を寄せて、何かに抗うような表情。その何かが快感であることは、誰の目にも明らかだった。もっとも、こんな真沢を誰にも見せるつもりはないが。
 摘み上げ、ひねり上げる。尖ったそれは、それに答えるように神山の指を押し上げる。確かなその反応に神山は自分を見失った。真沢を喘がせ乱すためならば、どんなこともできると思った。
 胸の突起に唇を寄せ、舌で舐め上げる。吸い付き、音を立てると、真沢は泣いた。
「こ、神山先生、そこは、吸わないでください……っ、ああ……! 嫌、吸わないで……!」
 嫌がり身をよじる……だが熱くなった身体も真沢自身も、悦んでいるのは疑いようもなかった。否定の言葉ばかり吐く真沢が憎らしくなって、神山は胸に吸い付いたまま、手のひらを真沢自身へやった。
「ひぁっ……!」
 高ぶりに指先が触れただけで、真沢が呼吸を乱した。嫌だ嫌だと頭を振る。何がそんなに嫌なのか──普段の神山なら萎縮して一歩引いてしまうところだったが、今の神山にはただ欲を煽る行為にしか見えなかった。
 理性の錠前が外れ、本能に飼われる。神山には、もはや自分の暴走を止める力はなかった。サディスティックな肉欲に責め苛まれて、行為を重ねることしか出来ない。──ようやく、神山は藤木の気持ちが理解できた。
 求める──けれども、すまなくも思う。だが止められない……相反する思いの狭間、ただ触れる相手の身体だけが確かな藁。
 唇で下腹部を辿り、太ももの内側へ口づけする。……すまない。……止められない。
「あっ……、ああ……、そんな、そんなところ……! っく……!」
 恥辱に震える蕾を指先でつつくと、耐え切れないように真沢が身体を起こした。
「い、嫌、そ、そこはっ……!」
 抗う言葉を無視して、その蕾に指を侵入させる。硬いそこは指でさえも拒否しようとうごめいた。それでも無理やり侵入させると、真沢はか細い声で許しを乞うた。
「あ、……ああ、指は入れないで……、せ、先生の、だめです……、お願い……、あっ!」
 入れた指をゆっくりと引き抜き、また入れる。何度も繰り返し、中をかき回す。許しを乞う声は、次第に甘い吐息に変わり、喘ぎに変わっていく。真沢のものは勃起し、先走りの甘い雫をこぼれさせる。
「……ぁあ……んっ……、……あ、……」
 指を増やして、蕾をほぐす。柔らかくなったそこは、神山の無骨な指に食いつき、ひくついた。かき回す感触にとらわれて、真沢の四肢がこわばる。しかし快楽を覚えているくせに、真沢はあくまで嫌だと頭を振ることしかしない。
「い、嫌……、指……入れないでください……っ、あっ、あ、……んっ……!」
「……っ」
 神山は下半身のうずきに耐えかね、乱暴に真沢のズボンと下着を脱がせた。片足の膝の裏をつかむと、ぐいと押し上げる。晒される慎ましやかな蕾──指を飲み込んだそこはかすかにうごめいた。
「すまん、真沢……!」
 神山は自分の猛ったものをズボンから引き出すと、うごめくそこに宛がった。びくりと真沢の身体が怯えた。
「せ、先生、……っ」
「力を、抜け……!」
 怯えた声、怯えた瞳。だがやめられなかった。神山は息を止めて、真沢の蕾を猛ったもので一気に刺し貫いた。
「ひっ、い、あああああっ!」
 身を突き破る、生々しい音がした。真沢は悲鳴をあげて、全身を硬直させた。痛いに決まっている。こんな醜いものに貫かれたら、誰だって痛い……。
 神山は眉を寄せて、真沢の髪に触れた。真沢は泣いていた。苦しそうに痛そうに、顔を歪めてさめざめと涙を流している。
 ──痛いはずだ。
 押し付けられ、開かれ、つきたてられて。楔を打ち込まれる痛みは、どんなものだろう。
「真沢……」
 真沢の涙を、指で拭い取る。痙攣するようにひくつく四肢は、快楽以前に苦しみを訴えている。
 頬を拭われて、真沢が薄く目を開いた。
「せ、先生……、……あ、……私の、中は、……どんな感じが、しますか……?」
 意外な問いに、神山は言葉をなくした。真沢は泣いた顔を無理に緩めようとして、辛そうな顔をした。だが、その仕草は必死に笑おうとしているものだということが伝わってくる。
「神山、先生……? わ、私の中は、……いい、ですか……? せ、先生の、……性的興奮を、高めることは、できますか……」
「ま、真沢……」
「わ、私は、先生の……陰茎を挿入されて、せ、性的に満たされていますから、……全然……」
 ゆるゆると頭を振って、真沢は辛いため息をついた。必死に、言葉を紡ごうとするのは、苦痛に負けそうな自分を叱咤するためだろうか。それとも──神山を案じたからだろうか。
 真沢は浅い呼吸を繰り返し、腕を伸ばして神山の無精ひげの生えたあごに触れた。それから、固い動きで神山の黒縁眼鏡のフレームに触れる。涙を浮かべたまま、真沢は無理やり笑った。
「先生……、私に遠慮しなくて……いいですから、ピストン運動を始めてください……」
 神山は前後不覚に陥った。血流がオーバーヒートして、眩暈がした。
「……くっ……!」
 獣のような所業で真沢に覆い被さり、差し入れた自分のものを引き抜き再び押し入れる。ぐぷ、とくぐもった悲鳴があがり、真沢の身体がしなった。
「ひ、……う、あっ……!」
「ま、真沢……、すまん……、すまん……っ」
 ぐちゅ、ぐぷっ……濡れた卑猥な音を響かせ、神山は真沢の若い内部を蹂躙した。突き入れ、押し入れて、抉り取る。収縮する真沢の内部は、神山の怒張に絡みつき、吸い付くように受け止めた。
「あっ、……あっ、……せ、先生、先生ぃ……! 神山、せ、せんせ……! あ、せ、先生の、私の、……私の中……っ」
「真沢……、い、痛いか。痛いか……?」
 激しく腰を打ち付けながら、問い掛ける。真沢は頭を横に振り、泣きながら喘いだ。
「あ、あんっ……、せ、先生のが奥まで、……私の中に入ってきて、もう、……気持ち、いいっ……!」
 熱に急かされ、促されるように、真沢がはじめて快楽を口にした。崩れ去った理性から、真沢の隠れた嬌態がにじみ出る。
 一度快楽を訴えれば、あとはもう、堕落していくだけだった。真沢は歓喜の声をあげて、神山の動きにすがりつき、痛みの快楽を享受する。与えられる快楽に飼い馴らされ、口から出る言葉は淫らな愛の言葉しかなかった。
「あ、あっ、こ、神山先生、もっと、抉って……、先生ので、その深い、ところを……っ」
「真沢、好きだ……好きだ、本当に……、おまえも、俺のことを好きになってくれるか……!」
「す、好き、……先生、私は、先生のことを想って、……先生、先生だけ……先生だけです……!」
 泣き叫ぶようにして、恋情を訴える。痛かった。何もかも痛かった。言葉がこんなにも痛くて辛いものだとは知らなかった。先の尖っていない杭で心臓を貫かれるように、痛い。
「ああ、真沢……、真沢、いいか。気持ちいいか。……俺のでいいか……」
「ひっ、せ、先生……っ! 先生、……っ」
 真沢が感極まった声をあげた。それに誘われるように、神山ははりつめたもので真沢の若々しい内部を深く突き上げた。
「あっ……! い、いいっ……、あああああ!!」
 白い喉をさらけ出し、真沢が身体を大きくそらした。
「うっ、……こ、神山、先生っ……!」
「くっ……!」
 真沢の勃起したものから、白く濁ったものが放たれた。神山もまた限界を迎え、身体を震わせて真沢の中に激情を吐露した。


 ※ ※ ※


 熱いまだ冷めやらぬ部屋の中、神山は横たわった真沢をそっと覗き込んだ。病身の人間の枕頭に集まった見舞い客のように──気がかりな表情を浮かべて。
 真沢はぼんやりと天井を見上げていた。レンズ越しの視界に何を見ているのか、何となく憂鬱な顔をしていた。
「真沢……」
 呼びかけると、真沢はやや遅れて神山に気がついた。思い出したように、笑おうとする──しかし、うまくいかなかったらしく、ため息だけがこぼれた。
 神山は眉を寄せて、ぎこちなく真沢の髪をなでた。
「つ、辛かった、か……?」
 神山のうかがうような問いに、真沢は眼鏡のブリッジを押し上げながらため息混じりに否定した。
「……いいえ」
 いいえ、と答える割に顔色は冴えない。やはり、嫌だったのだ。神山と関係したことに、後悔を覚えているに違いない。
 神山は目を伏せて、目を閉じた。
「すまん。……辛い思いをさせて……もうあのことは、忘れてくれ。そのほうがいい」
「えっ……?」
 真沢が身体を起こして、神山を見た。
 神山はうなだれて、ただ詫びるしか出来ない。
「俺は、勝手に押し付けるだけだ。さっきは、いくら了承を得ていたとはいえ、……その、……ゴム、もつけずに……」
「……先生は私が嫌になったのですか」
 低く抑えた問いに、神山は慌てて否定した。ぶんぶんと頭を振って言い繕う。
「ち、違う! お、俺はちゃんとおまえに惚れている! ほ、本当だ! あ、あんな、……は、恥ずかしいこと、惚れた相手じゃなければできるわけがないだろう……!」
 頬が熱くなってくる。真っ赤になっているのが自分でも分かった。どうして、そんな分かりきった──しかも恥ずかしいことを聞いてくるのだろう。惚れた相手でなければ、あんな──、あんな恥ずかしい……。
 回想は、神山の頭の許容範囲を超えた。
 次から次へと真沢の艶めいた姿が思い浮かんで、心臓はばくばく、あらぬところはずきずき、頭が真っ白だ。さっき本懐を遂げたばかりだというのに、また下半身が元気になり始めている。
 大体、神山は真沢に骨の髄まで参ってしまっているのだから、無反応でいられるはずもない。
「……先生。あまり私を怒らせないでください」
 真沢が低く呟き、小さなため息をついた。小首を傾げて、いつものように知的な仕草で神山を見やる。
「先生は私が不特定多数の男性と性交渉を持てる人間だとお思いなのですか。あいにくながら、私は神山先生以外の男の生殖器を受け入れるつもりはありません」
「っ!?」
 あんまりといえばあんまりな言い方に、神山は真っ赤になってのけぞった。そ、それは確かに、先ほど行った行為は、まあ、歯に衣着せぬ言い方をすればそうだ。だが、それではあまりに、……何と言うか、情緒がない…というか。
 衝撃的なことを言ったにも係わらず、真沢はまた憂鬱な顔をして目を伏せた。
「……ですが」
 眼鏡のフレームを指でなぞり、押し上げる。物憂げな視線は、悩みを訴えていた。
「藤木のことは、まだ解決していません……私が学園にいれば、藤木は嫌がらせを続けるでしょう。そのとばっちりが先生に降りかからないとは言えません」
「……学園を辞めるのか?」
 真沢は黙り込んだ。わずかに沈黙を置いて、静かに続ける。
「先生、私は後悔していません。……文化祭の日、私は藤木に抗いました。先生にこれ以上、迷惑を──先生を藤木に差し出すような真似をしたくなかったからです。……何故だか、それはもう分かりますか?」
 眼鏡の縁に手をやったまま、真沢が落ち着いた視線を向けてきた。神山は答えられず、ただ見返す──真沢は神山の視線に耐えられなくなったのか、視線をそらした。
「それは、ありていに言えば私が先生に恋愛感情を持ったということに他なりません。……先生。私は藤木に協力するという体勢を見せながら、結局、このような事態に陥りました」
 真沢は自分の胸元に手をやって、そっと強く襟を握り締めた。
「だから、私はなおさら藤木のことをそのままにしておけません。しかるべき対処をとらなければと思います。それが、その、先生の言うとおりに学園を去るという手段になるのは、自明のこと」
「おまえがそんなことをする必要はない」
 神山は真沢の腕をつかみ、抱き寄せた。頬を少し赤くしながら、真沢の頭に手を添えて抱きしめる。
「せ、先生……?」
「そ、その、安心しろ、真沢」
 真沢のかすかに動揺した声に、神山はぎゅっと目を閉じて彼の体躯を強く抱きしめた。
「お、俺は、その、おまえの何倍もおまえが好きだ。だから、絶対におまえを守ってやる。鬱陶しいぐらいに守ってやるぞ」
「せ、……神山先生……」
「今ぐらい、……ね、年長者を立てておとなしくしてろ」
 その言葉に従ったのかどうかは分からないが、真沢は口をつぐんで呼吸だけを凍えさせた。
 ──なんにせよ、藤木のことを何とかしなくてはいけない。
 神山は眦を開き、唇を固く引き結んだ。






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