青い花の夜の



 ※ ※ ※

 自室のテーブルの上に、青い花が挿された花瓶が置かれている。
 小ぶりながらも一茎にいくつもの花を咲かせるそれは、芳香がほとんどない。鮮やかな青の花弁が、まるで作り物のようにも見える。

 ランプの明かりが、ゆらゆらと揺れた。

 夜の帳はすっかり落ち、あたりは静かだ。寝静まっている──のだろうか。広い部屋だから、隣室の様子など聞こえてこない。一番近い部屋は、姉の部屋だ。姉は眠っているのだろうか。あの後、泣き疲れて眠ってしまったから、ずっと眠ったままかもしれない。兄は分からないが、父はたぶん起きているだろう。恐らく、今晩は母の棺にずっと付き添うに違いない。

 ランプの明かりに照らされて、いっそ作り物めいて見える青い花を、ウェザイルはぼんやりと眺めた。
 眠る気には、ならなかった。眠くもなかった。寝たくなかった。
 母が死んだ。
 その事実を、何度も反芻する。
 覚悟していた。予想はしていた。衝撃はなかった。いずれはこうなることだ。そのいずれが、今になっただけのこと。
 もう母が、弱弱しい笑みで自分を見つめることもない。言葉を交わすこともない。この先、永遠にない。
 ウェザイルは、青い花にそっと触れた。

 この花。
 この花の。

 花弁を強く指で挟んで圧迫痕を残そうとしたとき、自室の扉がノックされた。
 はじかれたように、手を引っ込め、ウェザイルは振り向いて誰何の声を上げた。

「……ベラムです。……ウェザイル様、もうお休みですか」

 ベラム。

 思わず、壁掛け時計を確認した。人の部屋を訪れるには、遅い時間だ。ましてや、控えめで完璧に近い執事であるベラムが、こんな時間に主人の息子であるウェザイルを訪ねるなどまずありえない。彼は、使用人と主筋の境目を細かすぎるというぐらいにきっちりと分ける。強く勧められない限り、ウェザイルがいるところでは絶対に椅子に腰掛けないほどだ。
 部屋に招きいれようか、休んでいると答えようか、しばらく迷って、ウェザイルは結局、ベラムを招き入れることにした。








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