青い花の夜の



「申し訳ありません。このような時間に……お訪ねすべきではないと分かっているのですが」
「起きてたからいいよ」

 ベラムは自室の入り口近くで姿勢良く立ったままだ。使用人の大半はもう休んでいるだろうに、彼は日中のきっちりした服装のまま、白い手袋さえも嵌めたままだ。整髪料で整えた髪といい、きれいに整えた髭といい、本当に執事然とした姿だ。
 そういえばベラムがカラーを外したところを見たことがないな、とウェザイルは思った。白い手袋をとったところも、数えるほどしか見たことがない。昔、熱を出したとき、直に額に触れるのですらも、いちいち断りを入れていたっけ、と思い出す。

「そんな入り口近くで立ってないで、座ったら」
「いえ」

 椅子を勧めたが、ベラムは首を横に振った。だが、入り口近くに立っていることについては、彼も思うところがあったらしく、ウェザイルが立っているそば──花瓶の置いてあるテーブルの近くまで歩み寄ってきた。

 ふわりと整髪料の匂いがした。

 思わず、ウェザイルはベラムを見つめた。ベラムが眼鏡越しから、視線を返す。物問いたげな目をされて、整髪料の匂いがしたから見つめた、などと答えたくなかったから、ウェザイルは花瓶の花に視線を落とした。
 なんだか自分が変だと思った。

「本日は、とてもお疲れになったのではないですか」
「うん。……まあ、……仕方ないよ」

 青い花を眺めながら、ウェザイルは答えた。青い花はラッパみたいな形をしている。見れば見るほど、妙な形だ。
 ベラムが声量を抑えて、静かに続ける。

「ライコッド様が、ウェザイル様をお褒めになっておいででした。アリアン様のおそばについているところを御覧になって」
「そう、良かった。……今夜は、父さんは母さんと一緒にいるの?」
「はい。ライコッド様は、ヘイリー様のおそばで夜明かしなさいます」

 ヘイリーは母の名前だ。ウェザイルが思ったとおり、父は母の棺とともに夜明かしをするようだ。父と母は歳がかなり離れている。加えて病気がちだったから、父は母を一層大切にしていた。子であるウェザイルですら、少し過保護すぎるのではないかと思うほどだった。そんな父が、夜通し母に付き添うのは当然のことだ。
 ウェザイルは、葬儀の途中で泣いた父の姿を思い出した。……父の胸中を思うと、その悲しみはいかばかりだったろうと心が痛む。

「父さんも姉さんも、今日はとてもつらかったと思う。……きっと兄さんも」
「ディレンス様は、ライコッド様とともに、ヘイリー様のおそばにいらっしゃいます」

 兄のディレンスは、母ヘイリーとは血のつながりはない。ウェザイルの母ヘイリーは、後妻だ。だからといって、兄が悲しんでいないかといえば、それは違う。母ヘイリーは、己の病弱さを思ってか、何度もウェザイルやアリアンをよろしくと兄に頼んでいた。兄は兄で、母ヘイリーを精神的な拠所としていたようだった。ウェザイルは、何度か、母から、大きくなったらディレンスの力になってあげなさいと言われたことがある。
 そう、シメオン家の男として、自分もまた、しっかりしなければならない。母ががっかりしないように、ベラムが落胆しないように、立派なシメオン家の一員として。








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