青い花の夜の
「そうだ。……姉さんのことだけど、明日、目が覚めたら、湯に浸からせてあげて。たぶんひどい顔だよ。姉さん、気にするから」
「かしこまりました。メイドに伝えておきましょう」
「それから……」
そこまで言ったが、特に続きが思い浮かばなくて、ウェザイルは小さく肩をすくめた。……遅い時間のせいなのか、頭が今ひとつ働いていない感覚がする。
「……それから、ええと、……ベラムは何? 何の用事でここに? 別に迷惑とかそういうのじゃないけど、単に父さんがぼくのこと褒めてたって伝えに来ただけではないだろうし」
「ウェザイル様は、いかがお過ごしかと思いまして……」
「こんなときにご機嫌伺い?」
ウェザイルは反射的に笑った。
「……ウェザイル様」
ベラムは眉を寄せた。
言葉に続きがあるのはウェザイルにも分かっていたが、その先は聞きたくなかった。
「ぼくは平気だ。母のことは、覚悟もしていたし」
ウェザイルは何でもないように、さばさばした口調で言った。
テーブルの上の花瓶に手を伸ばし、意味もなく角度を変える。ラッパみたいな形をした花が余所を向く。角度を変えて見れば、ますます──
「……ラッパみたいだな」
話をそらしたい気持ちが先行して、つい口に出してつぶやいてしまった。とにかく、ベラムが言わんとしていることが薄ぼんやりと分かるだけに、違う話題を見出したい。
「ラッパ……ですか」
「そう。ラッパ。……この花を見たときに、ぼくは最初にそう言ったんだよ。ラッパみたいだって。すごく昔の話」
この花を最初に見たのは、母の寝室だった。
この青い花は──
「ラッパみたいだって言うと、母さんはそれからずっと、この花のことを言うときは、青いラッパの花って言うようになった。……ほら、ベラムが世話係になったばかりの頃、良く泣いて母さんの寝室に逃げ込んでただろ」
「ウェザイル様は、わたくしが嫌だとヘイリー様に訴えられて」
「い、今はそんなことないよ。あの頃は何でも嫌だったんだ。そういう年頃だよ」
「よく存じておりますとも」
ベラムが眼鏡の奥でほのかに笑う。
ウェザイルはまばたきを数回してから、目を伏せた。……どういう反応をすればいいのか、分からなくなった。
「……うん、まあ、それで、……そのときに、よく、ベッドにいた母に抱きしめてもらいながら、飾った青い花を見てたんだ。青いラッパのお花きれいでしょう、って母さんが言う。ぼくは、ほんとうにそうだなって泣きながら思う」
病気がちの母とは長く一緒にいられないから、いつも寂しかった。だから、母の気を引きたくて、嫌だと泣いたりわがままを言ったりした。当時のウェザイルには、ベラムも随分困っていただろう。姉も寂しいと泣きはしたが、ウェザイルほどには激しくなかった。
……多分、自分は母親っ子だったんだろうな。
あれが嫌だこれが嫌だと泣いて母に抱かれるたびに、青い花を見た。母の寝室には、いつもこの青い花があって。
「この花、母さんのお気に入りだった。いつも寝室にあったんだ。だから、母さんの代わりのつもりで、ぼくもこの花を部屋に飾ったりした。今ではそんな意味合いなんかほとんどないけど、やっぱり見ると気分が落ち着……」