青い花の夜の



 左頬に熱いものが伝う感触がした。
 動揺を知られるのが嫌で、ウェザイルはいたって当然のように手の甲で左頬をぬぐった。うつむいて、ベラムから視線をそらして。これは単なる──単なる、生理的な。

「ウェザイル様……おつらいのですね」

 ベラムの静かな声がした。
 夜の静けさに、その声は嫌というほどに耳に響いた。手の甲で頬をぬぐった状態のままで、顔を隠す。

「つらくない」

 くぐもった声になった。
 つらくないはずなのに、頬が乾かない。ぬぐってもぬぐっても、止まらない。
 ウェザイル様、とベラムの声がした。顔をあげずにいれば、塞いだ視界に白い布地が見えた。……ベラムの白いハンカチ。
 そのハンカチで、ベラムはウェザイルの頬をぬぐった。

「おつらいのでしょう」

 ベラムが畳み掛けるようにそう尋ねるので──ウェザイルは行き場を失った。嗚咽を漏らしそうになって、喉に力を入れたがうまくいかない予感がした。だから、咄嗟に、彼にすがりついた。顔だけは、見られたくなかったから。

「ウェザイル様……」

 耳元で、ベラムの声がする。それを聞くと、もうだめだった。ただ力の限りに、彼に抱きつきしがみつく。
 ベラムは、ウェザイルより少しだけ小さかった。いつの間にか彼の身長を抜いていたのを、初めて知った。それなのに、この小柄な彼の体温と匂いに接しただけで、せき止めていた何もかもがあふれ出してしまう。

「ウェザイル様、おつらいのですね……」
「……つらくない」
「おつらいのでしょう」
「……そんなことない」

 二度目のやりとりで、彼はもう諦めたようだった。
 ただ黙って、彼はウェザイルの背中に手を添えた。小さい子をあやすように、ゆっくりとなでてくれる。

「ベラム……」

 ウェザイルは、泣いた。
 ベラムの整髪料の匂いをかぎながら、声を殺して泣いた。


 母は逝った。この薄寒い季節に。








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