青い花の夜の




 ※ ※ ※

「ウェザイル様」

 名前を呼ばれて、ウェザイルは我に返った。
 頬杖のバランスを崩して、思わず頭が垂れる。テーブルの上の花瓶に挿さった青いラッパの花がわずかに揺れた。

「お疲れですか?」
「いや、そうじゃないけど」

 肩越しに真横に視線をあげれば、ベラムが控えていた。
 いつもと変わらないきっちりした黒が基調の服装と、白い手袋。神経質なカラーと眼鏡。髭。昔から変わらないいでたち。変わったのは、彼が少し歳をとったというぐらいだ。ただ、首筋の白いのが増した。
 変わったといえば、自分はすでに成人を迎えて、身長もかなり伸びた。小柄なベラムをはっきりと見下ろすほどに。

「良いお話だと思うのですが、ウェザイル様、お考えくださいましたか」
「は?」

 突拍子もないことを聞かれて、思わず素で聞き返す。
 ベラムが額に手を当てて、呆れた。

「ですから、さきほどお話しましたが……聞いていらっしゃらない」
「うん、聞いていらっしゃいませんでした」

 ぼんやり物思いにふけっていて、指摘の通りに、まったく話を聞いていなかった。
 ベラムは眼鏡のフレームに触れて、位置を正した。

「クリストン家のアージェ様とのお話です。いかがでしょう、一度お会いになっては」
「ああー……ああー、うん」

 ウェザイルはあいまいに返事をした。
 会う、というのはつまりまあ、……お見合いという意味だ。この話はしばらく前から、聞かされている。クリストン家のアージェとは、何度か顔をあわせたことがあるから、まったく見知らぬ相手というわけでもない。ただ、知っているのは顔ぐらいで、深く知っているわけではない。

 ──見合いか。

 ウェザイルは頬杖をついて、テーブルの上の青い花を眺めた。
 シメオン家の一員として、男として、この話は受けるべきなのだろう。母は言っていた。兄の助けになるようにと。自分ももう成人を迎えている。ふさわしい相手を娶って、子を設けることこそが、シメオン家のためになる。兄を助けることにもなる。
 それは十分分かっている。覚悟もしてきた。当然のことだ。異議などない。
 異議などないが。








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