愛され執事とノロケ話



「好きなんだ……、ベラムのことが、好きなんだ……、愛してる、……本当に……」
「……ウェザイル様……、」

 せめて、己が歳相応に達観できていれば、こんなに思い戸惑うこともなかったのに。
 せめて、この方が、自分を一夜の慰みとして求めるのみならば、こんなに心乱されることもないのに。
 二十も年上でありながら、彼を諌めるどころか、かき口説かれてたまらない気持ちになるとは。

「ごめん……、本当にごめん、……ベラム困らせて……、でも我慢できないんだよ……」

 主人の弟、主筋にありながら、彼は使用人である自分に強要することを何より嫌う。もっと傲慢に使用人に命じてもいいのに、彼の気性が無理強いを好まない。彼のその優しい心持を垣間見るたびに、ベラムは誇らしくも切なくなる。
 彼が優しい心持を忘れずに育ってくれたこと、その優しさを自分にも向けてくれること──
 この人は、……この方は、

 ──私の誇りだ。

 彼になら、何もかも捧げる。他には捧げない。この年老いた自分が欲しいというのならば、いくらでも捧げたい。どこにどう堕ちようと、構わない。惜しいものなど何もない。

「ベラム……、」

 ウェザイルの熱い声を聞いていると、罪深いと分かっていながらも自分を止められなくなる。止める必要などないのではないかとすら思ってしまう。
 この方を誰よりも慕っているのは己だと、自負したくなる──

「……ああ、」

 ため息をついたのは、ウェザイルだった。耐え切れないような細い吐息を漏らしながら、ウェザイルが何度も何度もベラムの眼鏡のフレームに口づけをする。まるで、愛しい体の一部を唇でなぞっているようだった。

「愛してる、愛してる、……愛してる、……」
「ウェザイル様、……」

 ウェザイルの顔を間近で見つめるのを恐れて、ベラムは目を伏せた。視線を向ける先に迷って、まぶたが震えた。

「おれを見て。おれを呼んで……」

 呼吸が大きく乱れる。ウェザイルの呼吸なのか、自分の呼吸なのか分からない。

「……ベラム」

 眼鏡のフレームにしていたキスが、頬に降りてくる。熱を孕んだ吐息でくすぐられて、ベラムは眉を寄せて目を閉じた。

「……ウェザイル様、」
「ウェザイルって、呼び捨てにして」

 それはできない。ウェザイルを呼び捨てにするなど、使用人の分際で許されることではない。
 ウェザイルはベラムの逡巡を感じ取ったようだった。分かってる、と小さく囁くと、彼は下着の中に滑り込ませた手を動かして、ズボンごとそれを一気に下ろした。

「……っ、」

 外気に晒された下半身に心もとなさを覚える間もなかった。ウェザイルがすぐさまベラムの腰を抱え、両足を割って自らの腰を割り込ませる。あからさまな格好に、ベラムは自分の指を強く握った。片方だけきっちりと嵌めたままの手袋が、自分の立場を否が応にも突きつけてくる。自分は使用人なのだ。それも、ずっと年上で、彼を幼少時から見てきた──

 背徳感に、背筋が震えた。

 明らかにいろんなものに背いているというのに。
 慕う気持ちは、もうどうしようもない。押し殺せない。これは、主筋のウェザイルに強要された関係ではないのだ。執事の忠誠を試されている行為でもない。
 現に、今、年甲斐もなくこの胸のどこかを絞る疼きがあって。

 下半身を押し付けるようにされて、ベラムは無意識に両足をウェザイルの腰に絡ませた。
 これは、この方を誑かす行為だ、と思った。

「っ、ベラム……、」

 刹那、性急にウェザイルの唇がキスをねだってくる。呼吸はさきほどよりもずっと熱い。むさぼりつくすような深いキスを与えられて、レンズ越しの視界に涙が浮いた。
 背中が壁に跳ねるたび、壁に掛かった絵が大きな音を立てる。

「っん、……ふ……、っちゅ……、ああ……、ウェザイル、様、」
「ん、……ベラム、……ベラム……、」

 あからさまに生々しいキスの音が、体の奥の熾火を煽る。彼はいつもそうだ。ひどく荒い口づけで、ベラムの握り締めていたものすべてを押し流してしまう。
 そうしてくれたほうがいい。思いためらう間もなくしてくれたほうがいい。情けなくも、飲み込まれてしまえばいい。
 口づけを繰り返しながら、ベラムはウェザイルの首に腕を回した。それを待っていたと言わんばかりに、ウェザイルがベラムの小柄な身体を抱き寄せ、抱えたままで壁際から離れた。












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