愛され執事とノロケ話
※ ※ ※
しばらくは、海よりも深く広い心でいられる。
ウェザイルは、友人のジョルジュを眺めながら、すべてを許した微笑を浮かべていた。目の前の友人は、相変わらず、愛妻の自慢──もとい、ノロケ話を展開している。少し前まではそれを死んだ魚の目をして聞いていたが、今はそんなこともない。むしろ、そんな友人をほほえましい気持ちで眺めていられる。
「……というわけなんだよ。本当リーザかわいい」
ジョルジュはデレデレした顔で、愛妻リーザの自慢を締めくくった。今日は今日で、新しく仕立てたドレスが似合いすぎて困るとか、あれこれどうとかこうとか、正直、代わり映えしない内容だった。ジョルジュにいたっては、それが通常通りなのが痛々しい。
「そうか、よかったな」
ウェザイルは笑って適当な相槌を打った。
その反応に、ジョルジュは眉を寄せた。いつもと様子が違うことに気がついたようだった。
「……なんかあったのか、おまえ」
「別に?」
「別にってことはないだろ。おまえ、いつも俺の話、生気のない顔して聞いてるだろ。だから俺は、おまえを元気付けようと思ってリーザの話をだな……」
生気のない顔というところまでは当たっているが、元気付けようと思って愛妻の自慢をする友人の心遣いには脱帽する。……そんな心遣いはいらない。まったくいらない。
「あ、分かったぞ。ベラムとなんかあったんだろ」
この友人は、ウェザイルがベラムと特別な関係になっているのを知っている。そればかりか、この友人は、ウェザイルとベラムの関係を支持し、見守ってもくれていた──バカ愛妻家だが、基本的にウェザイルにとってかけがえのない友人なのだ。
ジョルジュは探るような目つきをして、身を乗り出した。
「何があったんだよ」
「別に」
「何だよ、隠すことないだろ。俺とおまえの仲じゃないか」
そこまで言われれば黙っているつもりもない。ウェザイルは自分がやや自慢げな気持ちになるのを感じながら、告白した。
「ベラムに呼び捨てにしてもらったんだよ」
「え」
「だから、ベラムに呼び捨てにされたんだよ」
「それは……」
ジョルジュは頭に手をやった。そして、はは、と笑った。
「それ、すごいじゃないか。あのベラムに? マジか。すごいな」
バカにしている様子もなく、彼は心底驚いた、という顔をする。
「彼、根っからのアレだろ。執事ですって感じじゃないか。よくもまあ、呼び捨てさせたな」
ジョルジュの言葉に、ウェザイルは改めて喜びを噛み締めた。ベラムが根っからの執事で、使用人の立場を崩さないのは、ジョルジュも知っている。ベラムが、ウェザイルを呼び捨てにしたというだけで大変なことなのだ。
それに──
ウェザイルは友人の顔を改めて見つめた。
──先日、散々、呼び捨てにされるのはたまらないだのなんだのと。
どうだ、自分だってやればできる──
ウェザイルは頬を緩ませながら、うっとりとため息をついた。ベラム以外の他に見せるには珍しい所作だったが、今のウェザイルは大きな幸福感で満ちていて、なんでもないように装うことすら難しかった。
「本当に、ベラムはかわいすぎる。勿論、何をしててもかわいいけど、先日のあれは(中略)ベラムはいつもおれに対して様付けだし、二言目には使用人だからと言うけど、先日のあれは(以下略)」
「へ、へえー……」
ジョルジュは引きつった笑みを浮かべた。ひょっとしたら、死んだ魚の目をしていたかもしれない。